自己紹介

 みなさん、こんにちは(・3・)ノツ。このブログでの私のニックネームは「自分流」。

 これは、「日本人総清和源氏化計画」の続編だよ。まだ読んでない人は、左のリンク集にあるから、それを読んでからこのブログを読んでね。

|

目次

■自己紹介

このリンク先「日本人総清和源氏化計画」を読んでから、このブログを読んでね

■成長するため、正しい地図を手にしよう編■

■私は単なるこじつけの天才か、それとも人類を神に近づけるべく成長させる道標か?

■「丸に果実片喰」が日本の象徴になったら嬉しいな

■仮に神が存在しなかったと仮定しても…

■「人類は滅ぶかどうか」よりも、「神に充分近くなるまで成長できるかどうか」が真の問題であろう

■目的地に行くための正しい地図

■「天皇は神」は間違った地図

■それでは、ガラッと話を変え、藤原氏と天皇家の血筋、性質、歴史等について、これから詳しく見ていこう

■百済王族の血筋はセコくてショボイ

■異国日本の地で、ほとんどお互いだけで婚姻を続け、差別対称の日本人の血ができるだけ入らぬように、百済王族の血を守ってきた藤原氏と天皇家

■藤原氏の、藤原氏による、藤原氏のための、天皇制はいらない

■藤は恐ろしい木 藤に絡みつかれた木は程なくして枯れる

■色々な点で日本の土着民族と似ておらず、朝鮮民族と似ている藤原氏と天皇家

■内裏雛が朝鮮民族特有の細く釣り上がった目をしているのは、今の天皇家と藤原氏が百済王族であることが日本中にばれるように、神様が特別に仕組んだことだとは考えられないだろうか

■皇族女性の結婚相手について

■藤原鎌足の正室が皇族女性の鏡王女であることについて

■「韓人が入鹿を殺した」の「韓人」は、百済王子豊璋こと藤原鎌足を指すと思われる

■百済王子豊璋と、当時の日本及び朝鮮半島の状況について、簡単に説明しておこう

■二人の兄弟王子を中心とする亡命・百済王族達数千人のその後

■藤原鎌足について考察していると、藤原鎌足=百済王子豊璋という考えに辿り着く

■百済王子豊璋について考察していると、百済王子豊璋=藤原鎌足という考えに辿り着く

■藤原氏は嘘つき 藤原氏になぜか支配されている天皇家の万世一系も嘘

■天智天皇=(百済王族・高向王と皇極天皇の子)という仮説について

■日本史には、本当のことであろうと思われる妥当な通説と、藤原氏が作った、あるはずもない真っ赤な嘘の二通りがあることが多い

■藤原氏は、天皇制反対者に朝鮮人のレッテルを貼る

■百済王族兄貴分の藤原氏が、百済王族弟分の天皇家を支配するという、上下関係について

■藤原氏の自作自演は素晴らしい シナリオライター藤原氏に乾杯!(当然皮肉)

■藤原鎌足の墓を調査すると不敬罪

■見分けよう そして見ていこう

■百済王族は他国の王族を蔑んだ 日本の天皇家は他国の王族を丁重に扱った

■百済王族は他国の王族を無残にも暗殺した

■大日本帝国は他国の王族を無残にも暗殺した それこそまさに百済精神

■ここは百済ではなく、日本である 百済の象徴なんかいらない

■フィギュアスケート編■

■藤原氏と今の天皇家が、日本の本当の天皇家を滅ぼして乗っ取った百済王族であることを、今年2010年2月に開催された五輪フィギュアスケートを通じて、神様が全日本人に知らせようとしているのではないだろうか

■大津波警報は、神様からの日本人全員へのメッセージと考えられないだろうか? これは偶然だろうか? いや、偶然じゃないだろう

■浅田真央とキム・ユナのライバル対決もまた、そのすぐ後に来る3月3日雛祭りのお雛様が、浅田真央顔(日本人顔)ではなく、キム・ユナ顔(朝鮮人顔)であることに気付かせるための、神様から全日本人への、目が覚めるほどの強烈なメッセージだろう

■日本のみんな、大津波警報に込められた神様からの本気の警報メッセージを、しっかりと聞こう 「Tsunami Girl」の後継者 浅田真央による「仮面を被った百済王族に気を付けろ」という警鐘を鳴らす演技を、心の目でしっかりと見よう

■中間まとめ編■

■2008年10月に名古屋大学理学部関係者が3人もノーベル賞を受賞したことは、神様によるお計らいであり、人目を引く「狼煙玉(のろしだま)」の役目を担っているのではないだろうか?

■キム・ユナ、浅田真央に続き、藤原氏と今の天皇家の家系図が真っ赤な嘘であることを日本国民に気付かせるために現れた、第三のキーパーソン! 織田信成!

■締めくくり編■

■藤原氏による皇族暗殺と一般国民暗殺を許すな!

■藤原氏は、自分にとって気に入らない、自分にとって都合の悪い皇族や一般国民を、叩いたり、いじめたり、迫害したり、言論弾圧したり、脅迫したり、暗殺したりすることをやめろ!

■藤原氏がマスコミに強い圧力をかけて天皇制支持率を隠蔽させている行為に終止符を打て

■自らの百済王族の血筋を誇る藤原氏による、日本土着民への人種差別を許すな! 朝鮮半島の百済国からやってきた百済王族藤原氏による日本の歴史の捏造をまかり通らすな。それを許す政治家は、さっさと一人残らずやめろ!

■補足編■

■その後にも、幾つかの出来事がタイミングよく起こった。これもまた神様のお計らいだろう

■嘘の建国記念日を祝っているのは、世界の中で、朝鮮民族の韓国と、本当は朝鮮民族である天皇を象徴にしている日本しかない

この続きは、このリンク先「清和源氏心実流 旗挙げ!」を読んでね

|

■成長するため、正しい地図を手にしよう編■

|

私は単なるこじつけの天才か、それとも人類を神に近づけるべく成長させる道標か?

 「丸に果実片喰」

Photo_5 は、神が人類を人間的に成長させるために下さったシンボルであると考えれば、以下の謎が全て解ける。

①人間はサルから進化したと言われている。サルよりも、ゴリラ、オランウータン、チンパンジーの方が遺伝的に人間と近いし、見た目も人間に近いのに、である。なぜか。

②サルはバナナが大好きである。サルを思い浮かべると、どうしてもバナナを手に持って皮を剥いて食べている姿が思い浮かんでしまう。それほど、サルはバナナ好きであることが知られている。なぜか。

③日本人はダジャレが好きである。なぜか。

 ここで、バナナについて少し説明しよう。バナナは世界三大重要果物、あるいは三大人気果物のうちの一つである。重量で量れば、2007年には、世界で最も多く生産されている果物である。オレンジ、りんご、ぶどうと並んで、最も重要性の高い果物である。

 また、ここで、かたばみについても少し説明しよう。かたばみは日本の三大家紋、あるいは三大人気家紋のうちの一つである。日本十大家紋として筆頭に挙げられているのが、藤紋(ふじもん)である。その次に挙げられているのが、片喰紋(かたばみもん)、その次は木瓜紋(もっこうもん)である。第1位の藤紋は百済人である藤原氏の紋として知られているので、百済人を除く日本人の中では、片喰紋は第1位である。

 もし神が存在していて、人間を成長させることにより、幸せにしたいと思っているのなら、きっと、そのための手助けをしているはずである。私が考えるに、人類全部を清和源氏心実流にすべく、着々と手を打ってきていることが、それではないだろうか?

 そのために、神は上の①、②、③となるように導いたのではないだろうか?

 このことについて、これから詳しく説明しよう。

 ①により、人間は人間の先祖(と似てる)かも知れないサルに注目し、②により、人間はサルの好きなバナナに注目する。また、バナナは実際、人間に大変人気のある果物である。人間からの注目を集め、人気も集める、バナナという果物。また、かたばみも日本人に大変人気のある家紋である。そのバナナも、かたばみも、清和源氏心実流の家紋のデザインにしっかり入っている。

 清和源氏心実流の思想を構成する「感謝、親切、工夫、成長、幸福」は、頭文字がKA、SI、KU、SE、KOであり、偶然にも、母音は、あ、い、う、え、お、で、1番目から順に、か行、さ行、か行、さ行、か行である。この偶然は、③にある通り、ダジャレ好きの日本人が非常に好みそうな偶然である。

 清和源氏心実流の家紋を見て、人間だからバナナがあることに喜び、日本人だから、かたばみがあることに喜ぶ。そして親しみを持つ。そして、更に、丸が入っていることにも嬉しさを感じる。

 テストの答案でも、○は正解に打たれ、×は不正解に打たれる。○はいいものであり、幸福を表す。みんな仲良く、円満に、というイメージだ。×は不幸なことを連想し、剣と剣とを交差させて闘っているかの如きシンボルである。全人類が、○や×のシンボルに対して、同じような幸福、不幸の共通イメージを持つのではないだろうか?

 ×は「丸に剣片喰」の三本の剣と同じで、二本の剣を連想させる。「丸に剣片喰」は、○の中に剣がある。仮に○と×を同時に存在させ、○の中に×を入れたらどうなるか。○は切られて不幸になる。だから、○の中に剣があってはならない。よって、「丸に剣片喰」と「丸に果実片喰」は、形はそっくり同じ家紋であっても、「丸に剣片喰」ではなく、「丸に果実片喰」が良いのである。「丸に剣片喰」の剣は争いを表し、「丸に果実片喰」のバナナは、成長を表すのである。

 かたばみとバナナと丸を持つ「丸に果実片喰」。争いを表す剣を内に持つ「丸に剣片喰」へのアンチテーゼとしての、「丸に果実片喰」。

 この「丸に果実片喰」が、神様から人類への特別なメッセージであると気付かせるため、①、②、③のようになるように、神様があえて仕組んだのではないだろうか?

 先ほど、日本人はダジャレが好きであると言ったが、正確に言えば、洒落―同音を利用した、気のきいた言い替え―が好きなのである。「清和源氏心実流」の「心実(しんじつ)」は、「真実(しんじつ)」と同音である。「心実(しんじつ)」は、「丸に剣片喰」のかたばみのハートの形とバナナの実から来ている。その「心実」と「真実」の読みが同じであるという、この偶然の一致は、きっと、洒落好きの日本人の心を「清和源氏心実流」に強く引き寄せるだろう。これは偶然であろうか? いや、偶然ではない。この読みの一致もまた、神様があえて仕組んだものであろう。

|

「丸に果実片喰」が日本の象徴になったら嬉しいな

 日本人はこの「丸に果実片喰」という目的地を求めてさすらう、さすらい人であった。「人類はどこを目指して歩いていけばいいのか」 日本人の心は迷っていた。その足取りは、あっちへ行き、こっちへ行き、どこを目指して歩いて行けばいいのか分からず、自信無げであった。

 しかし、日本人の心の片隅には、この目的地に正しく着けるよう、「ダジャレ好き」という羅針盤が、実は、ついていた。そして日本人として「かたばみを好む心」と、人類として「バナナを好む心」も。

 そして、日本人はいまや、この目的地「丸に果実片喰」を見つけることができた。この清和源氏の私を通じて。日本人の心にある「ダジャレ好き」「かたばみ好き」「バナナ好き」の心が、このデザインを見ることによって、全て満たされるのだ。

 そして日本人の心は、幸福感に包まれる。

 「丸に果実片喰」は、日本の象徴の有力な候補の一つとして、挙げられることになるだろう。(というか、私が挙げる。)

 他にも、私とはまた別の考えを持った賢明な人達によって、また別の意味を持った、素晴らしい日本の象徴候補が幾つも出てくるかも知れない。

 あとは、その候補の中で、見た目のデザインの良さだけでなく、そのデザインの意味するメッセージをも含めて、最も多くの日本人に好かれるものを、国民投票によって、日本の象徴に決めるといいと思う。

 そして「丸に果実片喰」が日本国民の最も多くの票を得て、日本の象徴になったらいいな。

|

仮に神が存在しなかったと仮定しても…

 崖っぷりを赤ちゃんがハイハイしながら、今にも落ちんとしている。それが今の地球人の状態だ。醜い憎しみ合いと戦争で、人類が滅亡する危険がある。

 神など存在しないという人達は、赤ちゃん(地上の人間)が自然発生的に発生したと考えていることになる。

 その人達は、私の考えをこじつけだと言うだろう。

 しかし、だとしたら、(人間の親たる神からの)手助けがないものとして、こじつけだろうが何だろうが、赤ちゃん自身で自分を崖から落ちないようにする必要がある。

 だから、私の上の考えを、こじつけである、ということを理由に否定するのではなく、赤ちゃんである我々が、崖から落ちないようにするための、うまい工夫を考え付いたものだ、と褒め称えながら、私と一緒になって、この思想「清和源氏心実流」を広め、崖から我々人類が落ちないように、真剣に協力すべきだろう。

 神が存在していて、人間を成長させることにより幸せにしたいと思っているだろうと考えている人達は、近くで親(神)が心配して、赤ちゃんが崖から落ちないような手助けをしているはずだ、と考えているだろう。

 だとしたら、上の私の考えは当たってる可能性が高い、とその人達は考えるだろう。

 もし外れているとしたら、もっと地球規模の分かりやすい手助けが、神によって人類に対して差し伸べられているはずである。

 しかし、上の私の考えよりも分かりやすいものが見つけられないのなら、私の考えが正解だということに合意し、私の考えに協力してもらいたい。

 このように、仮に神が存在しなかったと仮定しても、結局は、みなさんは、私の考えに賛同すべきだろう。

|

「人類は滅ぶかどうか」よりも、「神に充分近くなるまで成長できるかどうか」が真の問題であろう

 有神論者の一部は、「神は存在するから、人類は滅ばない」と考え、無神論者の一部は、「神は存在しないから、人類は滅ぶかも知れない」と考えているだろう。

 だが、神が存在しても、人類が滅ぶことはありうるのである。しかし、人類が滅ぶかどうかも、それ自体は問題ではない。

 人類が滅ぶということは、様々な理由により、起こり得る。

 大切なのは、その理由が、「人類がちっとも人間的に成長せず、愚かだったため」であると、まずい、ということなのだ。

 つまり、人類、人間、一人一人が成長できるかどうかが、一番の問題なのだ。

 人間を含む全ての生き物は、必ず、死ぬのである。

 我々は魂の成長のための修行の場として、この地上に生まれてきた。魂の成長が目的であり、修行の場として、人類が地上にいる、ということが手段なのだ。

 人類や地球が滅びるということは、修行の場が一つ、無くなるということに過ぎないのだ。それ以上でも、それ以下でもない。

 物理的な避けられない理由のためになくなるのだったら、また、神に他の場所を提供してもらえばいい。神はきっと提供してくれるだろう。我々のせいでなくなるのではないなら、必ずその代わりを提供してくれるだろう。神は存在するのだから。

 問題は、人類の愚かさゆえに、本来ならもっと使い続けることのできるはずの大切な修行の場―地球―を、その修行の場の寿命が来る前に、ダメにしてしまうことだ。

 その場合、地球が無くなるのは、我々の愚かさのせいなので、神はその代わりを提供してくれるかどうかは分からない。必ずしも提供してもらえるとは限らないのである。

 神から与えられた贈りものを、自分達の愚かさゆえにダメにしてしまうことがいけないことなのだ。

 結局、その人自身が「神に充分近くなるまで成長できる」かどうかが問題なのである。人類が充分成長すれば、人類が自らの愚かさゆえに滅んでしまうだろうことも、なくなるだろう。

|

目的地に行くための正しい地図

 人間は、「神が存在する」という真実を信じる方が、「存在しない」という虚偽を信じる場合よりも、成長しやすいだろう。すくすく、伸び伸びと成長できるだろう。

 ただし、その人の持つ「神」のイメージが、正しいイメージに近いという条件付きの場合に限定される。

 「神のイメージ」、それはあたかも地図のようなものである。

 正しい地図を手に持っていた場合は、目的地に早く着ける。

 ほぼ正しい地図だった場合は、目的地の近くまで行って、人に訊くなどして少し試行錯誤してから、着ける。

 しかし、間違った地図を持たされたら、目的地の逆方向へ行ってしまい、かえって、出発点よりも目的地から逆に離れてしまう。

 私は言う。

 「清和源氏心実流は正しい地図である」

 「日本のみんなも世界のみんなも、清和源氏心実流になろう!」

 「丸に果実片喰の地図に従って、一緒に成長しよう!」

 「毎日、神に近づいて行こう!」

|

「天皇は神」は間違った地図

 「天皇は神」は間違った地図である。

 その地図に従うと、目的地の逆に向かうことになる。

 「天皇に戦争責任がある」と言った人間を狙撃する天皇制支持者は、神に近づいて成長しているのではなく、神から遠ざかる方向へ行っている。

 間違った地図を持っている者は、それを捨てよ。

 そして、「丸に果実片喰」という正しい地図を手に取って、正しい方向へ歩み出せ。神はそれを待っている。自分もまた、神の子であることを思い出せばいいだけである。

 人間はみな神の子で、神に近づくべく成長するとよい。

 しかし、「天皇は神」という貧弱な思想は、「天皇は、大昔に天から降りてきた神の子孫のとおーい、とおーい肉体の子孫で、現人神だから尊い。その天皇一族と、天皇を支配する藤原氏を除いて、人間はみな卑しい存在である」という思想である。

 天皇のランクも、一人の人間としての神の子(霊的意味)から、神のとおーい子孫(物質的意味)へと大きく格下げし、藤原を除く天皇以外の人のランクも、神の子から卑しい存在へと、異常に下げている。

 その、下げた差の分だけ、天皇を支配する、天皇よりも上のランクの百済王族藤原氏が得をする、というシステムに、人々を騙して組み入れるための思想である。

|

それでは、ガラッと話を変え、藤原氏と天皇家の血筋、性質、歴史等について、これから詳しく見ていこう

 天皇は天から降りてきた神の子孫で現人神だと主張している、藤原氏と天皇家について、これから見ていこう。

|

百済王族の血筋はセコくてショボイ

 藤原氏と天皇家がついてきた嘘の代表格は、次の二つである。

・天孫降臨思想

・万世一系

 彼らの持つ二つの特徴は、嘘をつくことと、一夫多妻制。

 どちらも短所である。彼らの持つ特徴で、長所はない。

 百済王子豊璋もその弟王子善光も、日本に来ていた客分扱いの百済からの人質に過ぎなかった。百済最後の王・義慈王には沢山の子供がいて、百済王国を継ぐのはもっと上の兄の皇太子のはずだった。

 だが、祖国の百済が滅びたことによって、百済から百済王族を筆頭に大量の人々が日本に招き入れられ、結果として、豊璋の末裔である藤原氏も、善光の末裔である今の天皇家も、日本の天皇家を滅ぼして乗っ取り、日本を支配することに成功して、得をしている。

 彼らはずるい。日本にとっては迷惑な存在。

 彼らのずるさは平成になってからも、全く変わらない。

 日本国憲法第1条を無視し、平成になってから天皇制支持率を21年間も隠蔽して、天皇制を続けている彼らの卑怯さは、「血は争えない」という言葉を思い起こさせる。

 もし本当の天皇家ならば、プライドがあるから、藤原氏如きに支配されないだろう。藤原氏と激しく対立し、とっくの昔に藤原氏を滅ぼすか、逆に滅ぼされているかだろう。

 事実、本当の天皇家はとっくの昔に藤原氏に滅ぼされ(井上皇后と他戸皇太子殺害)、藤原氏は自分の自由自在に操れる、傍系親族の百済王氏(桓武天皇の血筋)を次の天皇家にして、支配しているのだ。

 もし本当の天皇家だったならば、天皇制支持率の隠蔽なんてセコイ真似はしないだろう。

 百済王族が天皇家になりすまし、日本の天皇家が続いているふりをしているのだ。

 だから、その本質はセコい嘘にあると言える。

 嘘を嘘で塗り固めるのが彼らの本質である。

 平成に入ってからの支持率隠蔽というセコい行動は、彼らの真の血筋がセコくてショボイ証拠だろう。

 彼らが側室制度を陰で続けているという噂も気になる。

 そのセコい行動から、彼らの本当の血筋がセコくてショボいことが分かる。

|

異国日本の地で、ほとんどお互いだけで婚姻を続け、差別対称の日本人の血ができるだけ入らぬように、百済王族の血を守ってきた藤原氏と天皇家

 百済王族天皇の母はほとんどが藤原氏の出身か、皇族。

 藤原氏の母は、ほとんどが藤原氏か、皇族。

 ずっと百済王族天皇家も藤原氏も、父方、母方、ともに百済王族の血筋で貫くよう縁談を行なってきた。

 これは、卑しい日本人の血など、なるべく入れたくない、尊い百済王族の血をなるべく濃いままに守りたい、という百済王族の血筋にこだわる心の表われだろう。

 藤原氏と天皇家は、異国日本の地で、自分達だけは血筋が尊い、という共通意識を持っているのだろう。

|

藤原氏の、藤原氏による、藤原氏のための、天皇制はいらない

 百済王族は上、日本人は下、という共通意識を持っている彼らであるが、同じ百済王族同士とはいえ、天皇家は藤原氏に支配され、抑圧されている。

 千年以上に亘って、多くの天皇や皇族を、濡れ衣や暗殺という方法で殺してきた藤原氏。

 藤原氏が宮内庁職員として、皇族の生活の中に入り込んでいる。

 憲法や法律が皇族を宮内庁職員から守ってくれると主張する人もいるかも知れないが、(日本史を熟知している)皇族にとっては、寒気がするようなことである。

 また、皇族は皇室会議で賛成してもらえないと、結婚したい相手と結婚できない。また、天皇、皇太子をはじめとする直系の皇族男子は皇籍を離れることを許されない。

 これは天皇をはじめとする皇族が、基本的人権を、百済系の政治家とグルになった藤原氏によって制限されている、ということである。

 皇族が藤原氏にとって好ましくない相手と結婚したり、天皇制が続くことを望まない相手と結婚しないように、藤原氏にとって都合の悪い相手と結婚できないように制限するためである。

 以上のことを考えると、百済王族天皇制は、藤原氏と天皇家、両方のためにある、とは言い難い。

 藤原氏の、藤原氏による、藤原氏のための、百済王族天皇制なのである。

 平成に入ってから天皇制支持率を21年間も隠蔽していることから、天皇制は、日本人のために続けているのではない、日本人の意思を無視し、憲法第1条を無視して、天皇家を支配する藤原氏のために続けているのだ、という事実がはっきりしてきた。

 今やはっきりと、百済王族天皇制は、百済王族藤原氏と百済系政治家のためにだけあると言える。私利私欲のために、国民主権を無視し、皇族の基本的人権を制限して、やっているのである。

 好きな人と自由に結婚さえできない、それが皇族のためお国のためと宮内庁職員が戯れ言を言うのならば、天皇家に仕える宮内庁職員の結婚相手も国にとって重要だという理由で、宮内庁職員全員の基本的人権を法律で否定し、宮内庁職員の結婚は、国民投票で賛成された相手としかできないという法律を作るべきだろう。

 皇族の人権を制限し、天皇家を支配している藤原氏。

 自分達も宮内庁職員として、藤原氏の尊い血筋ということで、世襲で特権的地位を得ているのに、皇族と異なり、好きな相手と自由に結婚する藤原氏。

 新聞を始めとするマスコミに睨みをきかせ、天皇制支持率を21年間に亘って隠蔽している藤原氏。

 藤原氏の、藤原氏による、藤原氏のための、百済王族天皇制はいらない。

|

藤は恐ろしい木 藤に絡みつかれた木は程なくして枯れる

 藤は恐ろしい木で、藤に絡みつかれた木は、必ず枯れると言われている。

 「藤原」の「藤」の恐ろしい名をヒントにすると、藤原氏によって長年絡みつかれている今の天皇家が、本当の天皇家ではなく、兄の藤の木に絡みつかれ、相互依存して立っている弟の藤の木であることが分かる。

 藤原氏と今の天皇家は同じ「藤」の血筋。同じ百済王族の血筋。

 藤原氏が百済王子豊璋こと藤原鎌足の子孫で、今の天皇家がその弟王子善光の子孫。藤原氏に絡みつかれた本当の天皇家は、藤の木に絡みつかれた木の運命として、とっくの昔に滅びてしまった。

 奇しくも「藤原氏」の「藤」の字が、今の天皇家は本当の天皇家ではなく、藤原氏と同じ血筋の家に過ぎないことを明らかにしてしまっている。

|

色々な点で日本の土着民族と似ておらず、朝鮮民族と似ている藤原氏と天皇家

 雛人形のお内裏様お雛様と呼ばれるペアの人形は、天皇皇后つまり天皇家の天皇と藤原氏出身の皇后であるが、お内裏様もお雛様も、朝鮮民族特有の細く釣り上がった目をしている。韓国女性である、フィギュアスケートのキム・ユナ(キム・ヨナ/キム・ヨンア)選手の目は、天皇家や藤原氏やお内裏様お雛様と同じ細くて釣り上がった目である。

 目だけ見れば、キム・ユナ選手は天皇家の女性か藤原氏の女性みたいに錯覚する。

 同じ朝鮮民族だから、当然である。

 血は争えない。

 また、朝鮮人は男系の血筋や血筋そのものに対するこだわりが、日本人よりも遥かに強いらしい。一族の結束も、遥かに強いらしい。

 百済王族天皇家は、数百年前の男系先祖が共通であるに過ぎない旧皇族と、いまだに親戚付き合いしている。これは日本人には考えられない。

 藤原氏と天皇家が日本の中では、男系の血筋や血筋そのものへのこだわりが最も強いことを考えると、その点も、藤原氏と天皇家は、日本人とは違い、明らかに朝鮮民族と同じである。

 天皇家は現人神の血筋だから、顔立ちと血筋へのこだわりが普通の日本人とちょっと違っていると、日本では考えられている。

 しかし、天皇家の性質は、異国日本で、卑しい日本人の血など入れずに、尊い百済王族の血筋を、同じ血を持つ藤原氏と共に守っていくのだと考えている、選民意識を持った朝鮮民族なのだとすれば、全て納得がいく。

 祖国の百済が660年に滅び、日本に来て千年以上経っても、百済王族の血が薄くならないように、天皇家と藤原氏とで婚姻を繰り返してきた藤原氏と天皇家なのだから、日本人よりもむしろ朝鮮人の血が濃いのである。

 本当に、血は争えないと思う。

|

内裏雛が朝鮮民族特有の細く釣り上がった目をしているのは、今の天皇家と藤原氏が百済王族であることが日本中にばれるように、神様が特別に仕組んだことだとは考えられないだろうか

 3月3日の雛祭り。その雛人形がよりによって、細くて釣り上がった朝鮮民族特有の目をしていることは、お内裏様である天皇を出す天皇家と、お雛様である皇后を出す藤原氏が、どちらも、日本土着民族の血が薄く、朝鮮民族の百済王族の血が濃いことを、はっきりと表している。

 この内裏雛の特徴的な顔は、今の天皇家と藤原氏が百済王族であることが日本中にばれるように、神様が特別に仕組んだことだとは考えられないだろうか。

 藤原氏と天皇家といえども、日本に千年以上いて、多少は日本人と混血してきたせいか、それとも、朝鮮民族ではなく、日本人の顔をした雛人形を作りたくて作った人がいるせいか、日本人っぽい顔をした雛人形もしばしば見かける。全ての雛人形が細い釣り目とは限らないが、細い釣り目が美の標準ではなく、水平でぱっちりした目が日本でも朝鮮でも等しく好まれることを考えると、雛人形が基本的に朝鮮民族の顔をしているのは、藤原氏と天皇家が朝鮮民族である、という理由以外に考えられない。

 今年、『特別展 尾張徳川家の雛まつり』(2010年2月6日(土)→4月4日(日) 主催/徳川美術館・中日新聞社)の紙製A4サイズのチラシを入手して、そのチラシにある雛人形の顔を見たら、非常に朝鮮民族そのものの顔をしていたので、びっくりした。

 見て欲しい。これはそのチラシのお雛様とお内裏様の顔である。

Photo_4 Photo_3

 ちなみに我が家に古くからあった雛人形は、内裏雛を始めとして、三人官女、五人囃子などの貴族も全員、細くて釣り目の朝鮮人顔をしていた。

|

皇族女性の結婚相手について

 昔の日本では、皇族女性(日本の天皇家と百済王族天皇家ごっちゃ増せ)は基本的に皇族としか結婚しないようだった。

 しかし、次のような三つの例外があった。

①天皇家の有力な男性が殺し合いで一人もいなくなってしまった時の緊急避難的措置として、身分の高い皇族女性が非皇族と結婚し、婿が天皇となる場合

 非皇族で日本人の継体天皇が、仁賢天皇とその皇后の娘の手白香皇女と結婚して、彼女を皇后として天皇となった時がそうである。

②国際結婚として、外国の王族と結婚する場合

 近代の例であるが、皇族女性の方子女王と朝鮮の李王朝の皇太子李垠が結婚した。また、藤原氏(百済王族)の嵯峨浩も、満州国皇帝愛新覚羅溥儀の実弟溥傑と結婚した。

 また、昔の例でいうと、故・皇太子の孫娘・中日売命と結婚して、彼女を皇后として天皇となった、百済王族の男性こそが、応神天皇ではないかと考えられている。

 井上光貞著『日本の歴史 1.神話から歴史へ』によると、古事記による系図で「景行天皇―倭建命―仲哀天皇―応神天皇」という系図は捏造であり、真実の系図は、「景行天皇―五百木之入日命―品陀真若王―仲姫命(中日売命)」であり、五百木之入日命こそ、景行天皇の皇太子だったのではないか、とのことだった。

 この場合、王族同士の国際結婚と、身分の高い皇族女性の婿が天皇となるケースが重なっている。応神天皇の父・仲哀天皇、祖父・倭建命が架空の人物であることは有名である。百済王族である応神天皇を皇族にみせかけるための捏造であろう。

 このように、王女の婿(非王族)が王様になることは、古代エジプトでもあったし、ありうることである。

 父の死後1年以上も経ってから応神が母の腹から生まれたという頭の悪そうな作り話よりは、ありうることである。

③特別な計らいで家臣と結婚

 藤原良房が嵯峨天皇の皇女源潔姫を降嫁された。この夫妻は我が清和源氏の先祖。私の先祖ということになる。当時、天皇の皇女が臣下の許に降嫁することは禁じられていたが、潔姫は既に臣籍降下していたため、その規定の対象外であった。とはいえ、天皇の娘が臣下に嫁ぐということは前代未聞であり、当時、大層な話題となった。

|

藤原鎌足の正室が皇族女性の鏡王女であることについて

 藤原鎌足の正室は鏡王女であった。鏡王女はれっきとした皇族である。お墓の位置を見ると、天皇及び皇族同士の血縁関係が遠いか近いかが分かると言われているが、鏡王女はお墓が舒明天皇陵の域内にあるので、舒明天皇の娘ではないかと言われている。天武天皇が危篤の鏡王女のお見舞いに行ったという記録があるので、鏡王女は天武天皇とも血筋が近いと思われる。

 藤原鎌足の正室が皇族女性の鏡王女であることは、家臣と皇女や皇孫あたりは結婚できないことになっていたから、おかしい。

 しかし、藤原鎌足が百済王子豊璋であれば、話は別である。百済王族と皇族女性が結婚することは、過去の例からも、あったからである。

|

「韓人が入鹿を殺した」の「韓人」は、百済王子豊璋こと藤原鎌足を指すと思われる

 天智天皇と藤原鎌足が蘇我入鹿を殺した時に、それを見た古人大兄王子が「韓人(朝鮮人)が入鹿を殺した」と言ったのは有名であるが、これは百済王子豊璋こと藤原鎌足を指すと思われる。

|

百済王子豊璋と、当時の日本及び朝鮮半島の状況について、簡単に説明しておこう

 鎌足についてはよく知られていても、百済王子豊璋についてはよく知らない人もいるかも知れない。

 631年に、百済から人質として二人の兄弟王子、豊璋と善光が日本へ送られてきていた。人質といっても、百済と日本は同盟していたので、客分扱いである。その兄王子の豊璋が、鎌足だったのである。

 以下、百済王子豊璋と、当時の日本及び朝鮮半島の状況について、簡単に説明しておこう(詳しくは、関裕二著『藤原氏の正体』(新潮文庫)を参照せよ)。

 660年、唐・新羅連合軍の攻撃によって百済が滅亡した。百済最後の王・義慈王は降伏後、死亡し、皇太子孝は行方不明となった。百済の遺臣は、鬼室福信・黒歯常之らを中心として百済復興の兵をあげ、日本に滞在していた百済王子豊璋を擁立しようと、同盟国・日本に救援を要請した。天智天皇はこれを承諾した。豊璋は百済復興のため、約30年ぶりに呼び戻された。百済国がないのに、ここでいったん豊璋は百済王として推戴された。

 663年の白村江の戦いにおける指揮官は、日本軍は阿倍比羅夫、百済遺民軍は豊璋であった。しかし、日本・百済遺民の連合軍は、唐・新羅連合軍に大敗した。大敗する直前、部下を騙して自軍を捨ててこっそりと手勢数名だけで抜け出した豊璋は、行方知れずとなったとか、高句麗へ逃げたとか書かれているが、実際には、救援に来た日本の水軍と合流し、密かに日本へ戻ってきていた。豊璋は正体を隠すために、天智天皇から藤原鎌足の名をもらって帰化した。

 一方、豊璋の弟善光は、行方不明になったことになっている兄の代わりに百済の王統を継ぎ、百済の王統を表す、「百済王(くだらのこにきし)氏」という特別な姓氏を受けて、日本に帰化した。また、二人の王子の他、国を失った百済王族たちが、一族配下の数千名(あるいは一万名とも)を従えて、集団で日本へ亡命してきた。

|

二人の兄弟王子を中心とする亡命・百済王族達数千人のその後

 彼ら二人の兄弟王子を中心とする百済王族達が、百済王族天皇家と藤原氏(つまり貴族)の集団となって、武士に似た性質を持つ、日本の天皇家を中心とする日本古来の「豪族」達を脇へ押しのけて、日本の新たなる支配者=「貴族」になっていったと思われる。「貴族」とは、豪族=土着日本人とは違って、自分達の血筋は尊い、という傲慢な考えから、百済王族自身が自分用に作った呼名であろう。

 藤原氏つまり貴族が日本の支配層になってからしばらくして、百済王氏は日本の歴史上から名前がいつの間にか消え、天皇家は百済王氏の代わりに百済王家を密かに兼ねるようになったと、言われている。天皇家が百済王家を兼ねる必然性など全くないのに、である。そもそも、百済という国はなくなったので、ない国の王など天皇家が兼ねる必要はどこにもない。

 百済王族天皇家の事実上の初代である桓武天皇は、歴代の百済王達を、まるで自身が百済王氏であるかのように、自分の家の先祖として公然と祀った。また、桓武天皇は、自分の体の中を流れる百済王族の血を誇る気持ちの非常に強い天皇であった。

 また、百済王家に伝わっていた家宝の大刀契(だいとけい)は、百済の王統を継いだ百済王氏が持っているべきものであったが、桓武天皇の代から急に、三種の神器に次ぐ天皇家所有の家宝として、皇位継承に不可欠の王章の1つとして、践祚(せんそ:天皇の即位礼)の際に、新天皇に授受されるようになった。それは桓武天皇から平城天皇への受け渡しから始まった。

 なぜ百済王氏が引いているべき血筋を桓武天皇が引いていて、百済王氏が持っているべき大刀契を、桓武の代から天皇家が所有するようになったのか。

 百済王氏が新・天皇家になり、桓武がその事実上の初代であると考えると納得できる。桓武の父・光仁は、日本の天皇家に婿入りした形で天皇となり、実家の百済王氏は庶長子の桓武に継がせる予定だったのだろう。天皇家は、当然、日本の天皇家の血を引く皇后の井上皇女の子である皇太子が継ぐべき、と考えていたのだろう。しかし、それは果たせなかったのである。

 また、百済王族天皇家の事実上の初代である桓武天皇も、桓武の次の天皇である息子の平城天皇も、父が亡くなったとき、「アイゴー(哀号)」と朝鮮語で泣いた話は有名である(注)。それも、日本の天皇家が百済王族の藤原氏によって滅ぼされ、桓武天皇の代から朝鮮民族の天皇家になってしまっていると考えれば、納得できる話である。

 また、現代の話では、「アイゴー(哀号)」と朝鮮語で泣いた平城天皇の「平城(へいぜい)」と名前の極めて良く似た「平成(へいせい)」の13年(2001年)1218日、今上天皇が、翌年に予定されていたサッカーワールドカップ日韓共催に関する「おことば」の中で、桓武天皇に百済王の血が流れていることを指して、「韓国とのゆかりを感じています」との発言をしたことが有名である。

 天皇の祖国の百済の都は、韓国の首都ソウルにあった。ソウルでの開会式に天皇が出席するよう韓国から要請され、天皇が出席するかどうかが取り沙汰されていた。結局、取りやめになったが、天皇は祖国百済の都のあったソウルへ、心惹かれる思いでいっぱいだったであろう。それが「ゆかり」発言に繋がったのであろう。

 桓武天皇も、平城天皇も、平成の今上天皇も、心が揺さぶられ思いが極まったときに、自分が日本人ではなく、朝鮮人であるヒントを思わずポロリと出している。これは偶然だろうか。

 特に、平城天皇と平成の今上天皇の「平城(へいぜい)」と「平成(へいせい)」は似過ぎている。これは洒落好きな日本人に対して、神から与えられたヒントではないだろうか。洒落―同音を利用した、気のきいた言い替え―である。同音、つまり、「平城(へいぜい)」と「平成(へいせい)」という「同音」を利用して、桓武以降の天皇家が朝鮮民族の血筋である証拠を、平城天皇の「アイゴー(哀号)」という朝鮮語の泣き声で表現し、次に、平成の天皇の「韓国とのゆかりを感じています」発言で言い替えているのではないだろうか。日本人が、今の天皇家の血筋が日本の本当の天皇家の血筋ではなく、朝鮮民族であることに気付いて欲しいと思って、神様は、平城天皇の発言と平成の天皇の発言という、同音を利用した、気のきいた言い替えをしたのであろう。神様は本当にすごいと思う。

 

 バナナとかたばみの入った清和源氏心実流の家紋を我々に与えて下さった神様が、我々にこの三天皇のうっかり発言という形で、ヒントを下さったのであろう。これは、こじつけではなく、ドンピシャであろう。

 桓武天皇、平城天皇、平成の今上天皇は、百済王族天皇家が日本の本当の天皇家の血筋ではなく、入れ替わって日本の天皇家のふりをしている、朝鮮王族の血筋であるヒントを思わず自白してしまった「朝鮮人自白三天皇」として、歴史に名を残すことになるのだろうか。

 今上天皇が「ゆかり」発言によって、今の天皇家が朝鮮民族であることを思わず自白してしまったのは、神によって定められた運命だったのだろう。

 なお、「ゆかり」発言については次のような意見もある。桓武天皇に百済王の血が流れていると言っても、桓武の母が百済の武寧王の十世孫位だと考えると、今上天皇は武寧王の五十五世孫位で遥か遠い子孫となり、今上天皇の血の中の百済王族の血の割合は極めて小さい。だから天皇家が朝鮮人なんてのは大袈裟だ、という意見である。計算するとおよそ(1016.5566乗)分の1位しか百済王の血を引いていない。だが、そんな苦しい言い訳も、清和源氏の血を引く日本人である私には通用しない。

 私は清和源氏だから、清和天皇、桓武天皇の子孫だ。だから、私にも百済王族の血が流れている。しかし、私は韓国にはゆかりは感じない。懐かしくもない。

 なぜか。

 それは、私の血の中の百済王族の血の割合が0に近く、ほとんど日本人の血だからである。私は日本人だから、日本の初代天皇家には惹かれる。日本にいた同じ日本人同士だから親しみがある。でも、桓武以降の百済王族天皇家、特に先祖の清和天皇から流れが離れて行ってしまってからは惹かれない。ああ、百済王族天皇家の初めの方の、清和天皇が私の先祖か、と少し思う位である。しかし、日本人の武家政権なら、別に清和源氏でなくても、同じ日本人同士としての親しみはある。だから、私は韓国にもゆかりを感じない。自分の体の中を流れる日本人と百済王族の血の割合を考えれば、当然の感想だ。

 しかし、今の天皇は母系父系ともに百済王族の藤原氏と百済王族天皇家の血を貫いており、日本にいても、百済王族の血が極めて濃い。だから韓国にゆかりを感じるのだろう。631年に、二人の兄弟王子、豊璋と善光が百済から日本へ人質として出発する直前まで遡れば、今の天皇家や藤原氏の先祖の多くは朝鮮半島にいて、ほんの一部が日本にいた。清和源氏の私の先祖のほとんどは日本にいて、極めて、極めて、少数だけ、朝鮮半島にいた。先祖の割合の違いが、このような感想の違いになってくるのだろう。百済王族の血の割合が、百済王族である天皇家や藤原氏と、日本人の清和源氏とでは、全然違うから、このようになる。

 「ゆかり」発言は、まさしく、自らに朝鮮王族の血が濃いことを充分意識して誇りに思っている人の発言であろう。百済王族天皇家の事実上の第1代、第2代である、桓武天皇、平城天皇が、父が亡くなったとき、「アイゴー(哀号)」と朝鮮語で泣いたのと全く同様に、自らが朝鮮民族であることをうっかり自白してしまったのだろう。だが、本当に、超僅かだけ百済王族の血を引いている日本人の清和源氏の目はごまかせないのである。

 「ゆかり」発言は、日本人ならば言うはずのない、平成版の「アイゴー(哀号)」発言だと言えるだろう。

 

注:

鹿島曻著『日本王朝興亡史』349頁によれば、次の通りである。

(要約)「『続日本紀』によれば、山部皇太子(桓武)は父光仁の死後、「アイゴー(チゲッタ)」といって朝鮮語で泣いたという。」

 

「日本古代の王権構造 : 非常時の王権」 作成者 荒木 敏夫 公開者 専修大学学会 

http://ir.acc.senshu-u.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=1115&item_no=1&page_id=13&block_id=52

 上記の紀要論文22-23頁によると、次の通りである。

(要約)「『日本後紀』は、桓武天皇が70歳で死去した時の平城(安殿親王)の様子を「皇太子哀号口踊。迷而不起。」と記している。」

 

平城天皇の哀しみ

http://www.freezepage.com/1428482305MLNTOWTTXQ

 上記のサイトより抜粋

「(私による補足:『日本後紀』に)安殿皇子は桓武帝崩御に際して「皇太子哀号、擗踊、迷而不起」と表現されています。」

|

藤原鎌足について考察していると、藤原鎌足=百済王子豊璋という考えに辿り着く

 話を、大化の改新へ戻そう。もともと、藤原鎌足は蘇我入鹿と対立していた。藤原鎌足は蘇我入鹿を目の上のタンコブとして憎んでおり、殺したいとかねてから考えていた。藤原鎌足の利害と蘇我入鹿の利害が、対立するものだったためのようである。

 そのため、鎌足は皇族を巻き込で自分の望みを達そうと、有力皇族を物色していた。そして、打毬の会で天智天皇に近づき、意気投合していったそうだ。

 大化の改新で、入鹿を暗殺した大義名分は、天皇家を滅ぼそうとしていたから、ということになっている。しかし、それは天皇家の一員である天智天皇にとっては一大事でも、藤原鎌足の利害とは、直接関係がないことである。それは、鎌足が天智天皇を入鹿暗殺の主犯にするために、天智天皇をたぶらかして、そう思わせただけだと考えられる。鎌足が入鹿を暗殺したがっていた本当の理由は、当然、別のところにあるだろう。

 ここで、不思議なのは、中小豪族の中臣氏出身ということになっている鎌足如きが、今をときめく大豪族の蘇我氏の入鹿と、それ以前から鋭く対立していた、ということである。中小豪族と大豪族。蘇我氏の方が圧倒的に力が上なので、本来なら立場的にありえない。しかし、藤原鎌足が、実は百済王子豊璋と同一人物ならば、外国といえど王子なら身分が高いし、百済と新羅は敵対していたのだから、鎌足こと百済王子豊璋が、親・新羅派の大豪族・蘇我入鹿と対立していたことが、充分、納得できる。鎌足こと豊璋が、百済の利益のために、蘇我入鹿の暗殺を企て、天智天皇を巻き込んで、実行したのだろう。

|

百済王子豊璋について考察していると、百済王子豊璋=藤原鎌足という考えに辿り着く

 天智天皇は、百済王子豊璋の言いなりになって、白村江の戦いに日本から大軍の援軍を出した。白村江の戦い以前に滅ぼされていた蘇我氏は、もともと日本が百済のために国益を損なうことをするのに、反対の立場を取っていたそうである。もし蘇我氏が健在だったならば、白村江の戦いなどという損な戦いに、日本が参戦することもなかっただろう。百済王子豊璋にとって、蘇我氏は目の上のタンコブだった。

 もし仮に鎌足と豊璋が別人ならば、天智天皇が藤原鎌足と密着して蘇我入鹿暗殺計画を練っていた時、日本に滞在していたはずの百済王子豊璋は、一体、どこにいて何をしていたのか、謎だ。豊璋も蘇我入鹿暗殺計画に加わっていたとしても、おかしくないが、その時には、一切、登場していない。

 また、天智天皇が、百済王子豊璋の言いなりになって、白村江の戦いに参戦していた時に、肝心の、腹心の部下の藤原鎌足は、一体どこで何をしていたのか、謎だ。

 しかし、藤原鎌足と百済王子豊璋が同一人物ならば、謎が解ける。

 天智天皇は、蘇我氏を目の上のタンコブとしていた鎌足の言いなりで、かつ、蘇我氏を目の上のタンコブとしていた豊璋のいいなりだ。鎌足と豊璋は同一人物だろう。

 話を大化の改新へ戻そう。百済王子豊璋こと鎌足は、天智天皇をそそのかして、蘇我入鹿暗殺計画を練っていたのだ。そして実行したのだ。

 天智天皇と鎌足による蘇我入鹿暗殺計画に一枚噛んでいた蘇我倉山田石川麻呂は身分が高かったが、身分の低い藤原鎌足如きが、天智天皇と密着していたのは不自然である。

 しかし、百済王子豊璋ならば、日本に人質・兼・客分として滞在していた外国王族であり、身分が高いので、天智天皇と密着していても不思議はない。

 今をときめく蘇我入鹿と対立! 天智天皇と密着! これは、藤原鎌足が中臣氏の出身などではなく、本当の身分は、百済王子ということで、高かった証拠であろう。

 鏡王女は鎌足の正室になったせいで、実は皇族ではなかったという嘘を広められているが、それは鎌足が百済王子だったことを隠蔽するために、藤原氏が作った嘘だろう。

|

藤原氏は嘘つき 藤原氏になぜか支配されている天皇家の万世一系も嘘

・蘇我氏が天皇家を滅ぼそうとしていた。

・蘇我氏は自分が天皇家になろうとしていた。

・蘇我氏は渡来系である。

 これらは、全部、藤原氏が作った嘘である。蘇我氏を全部藤原氏に置き換えれば、これは全部藤原氏自身のことであることが分かる。

 蘇我氏は大臣(おおおみ)。天皇家を祖とする一族の一つ。れっきとした日本発祥の豪族であるとされている。孝元天皇の曾孫・武内宿禰を祖としていると言われているが、詳細は不明。蘇我大臣、阿部臣など、臣(おみ)姓の多くは、継体天皇以前の天皇から別れ出た氏族と考えられている。だから、蘇我氏は渡来系ではなく、当然、日本の豪族であろう。

 事実は次の通りである。

・藤原氏は日本の天皇家を滅ぼした。

・藤原氏は親戚の百済王氏を新・天皇家にして、自分はその新・天皇家を支配することにより、日本を支配することに成功した。

・藤原氏の初代と今の天皇家・百済王氏の初代は百済王子豊璋と善光である。どちらも百済生まれ百済育ちの百済王子であり、藤原氏と今の天皇家は、明らかな朝鮮からの渡来系である。

 確かに、蘇我氏は、崇峻天皇、穴穂部皇子などを殺した。そして、蘇我入鹿の側近ということになっていた巨勢徳多と、誰の側近かは不明の大伴長徳らが、山背大兄王一族を殺した。しかし、蘇我氏が天皇家を滅ぼそうとしていた、というのは天智天皇と鎌足によって、でっち上げられた嘘である。逆に、藤原鎌足こと百済王子豊璋が、百済にとって益となるように日本を動かすには、蘇我氏が邪魔となるから、天智天皇をそそのかして蘇我氏を滅ぼしたといえよう。そして、藤原氏は、天皇家を滅ぼして日本を乗っ取った。

 また、次のこともよく調べてみると、非常に怪しい。

・蘇我入鹿が山背大兄王一族を殺した。

 山背大兄王一族を殺した当の本人・巨勢徳多は、入鹿が暗殺された「直後」から、「まるで示し合わせたかのように」、自分の主・入鹿を殺した憎い敵であるはずの天智天皇、藤原鎌足に非常に協力した。そのご褒美として、天智天皇、藤原鎌足に大いに抜擢されて、その後、左大臣に出世している。ちなみに、蘇我氏は親・新羅派だったが、巨勢徳多はその逆で、親・百済派だった。

 同じく、巨勢徳多と共に、山背大兄王一族を襲って殺した大伴長徳は、大化の改新時には、既に天智天皇の側近であったことが分かっている。その後、「何のご褒美かは分からないが」、天智天皇、藤原鎌足に大いに抜擢されて、左大臣・巨勢徳多と並んで、右大臣に大出世している。一体、何のご褒美として、天智天皇、藤原鎌足に大抜擢してもらったのだろう? 大伴長徳は、山背大兄王一族を殺した以外に、特に何もしていないのに…。

 一方、天智天皇、藤原鎌足による、入鹿暗殺に協力した蘇我倉山田石川麻呂が、天智天皇、藤原鎌足により、濡れ衣を着せられて殺されたことは、有名である。

 藤原鎌足らが蘇我入鹿を暗殺した動機は、山背大兄王一族を滅ぼした蘇我入鹿に対して強い義憤を覚えた、ということになっているが、もちろん、それは怪しい。

 むしろ、正義と真実を愛し、人道に従って生きる人達に、一番憎まれることをしてきたのが、邪魔者に濡れ衣を着せて殺すことが十八番の、藤原氏ではないだろうか。頭のいい人は、山背大兄王一族を殺した本当の黒幕が誰かであるかに、必ず気付くだろう。

 くどいようだが、時系列に従って事実をおさらいしよう。ありありと目の前の情景のように、イメージして欲しい。

 巨勢徳多、大伴長徳らは山背大兄王一族を襲って殺害した。大化の改新で天智、鎌足が入鹿の首を狙っている丁度その時、大伴長徳は既にちゃっかり、天智の側近になっていた。入鹿が殺害された直後、0.0001秒の早業で、巨勢徳多は寝返って、天智、鎌足の側近になった。大化の改新の後、山背大兄王一族の血のしたたる剣を頭上に得意そうに掲げる、巨勢徳多と大伴長徳の二人は、それぞれ天智の両脇に左右の大臣として堂々と並び、天智、鎌足、巨勢徳多、大伴長徳は、お互いの顔を見合わせて、ニヤリとほくそ笑んだ。

 従って、事実は次の通りであろう。

・天智天皇、藤原鎌足は、巨勢徳多、大伴長徳らを使って、山背大兄王一族を殺した。次に、天智天皇、藤原鎌足は蘇我入鹿が天皇家を滅ぼそうとしていると主張し、入鹿に濡れ衣を着せて暗殺した。ついでに、自分達のやった山背大兄王一族殺害も、蘇我入鹿のせいにした。その際、利用した蘇我倉山田石川麻呂にも濡れ衣を着せて殺した。山背大兄王一族を手にかけて殺したご褒美に、巨勢徳多、大伴長徳を左右の大臣に抜擢した。

 今の日本史の教科書に、山背大兄王一族を殺したのは蘇我入鹿だという、藤原氏の作った大嘘が書かれているのは、非常に残念なことである。百済王族に対しては、怒り以上の怒りを感じる。

 早く、上にある通り、事実の方に書き直すべきだろう。

 今でも、嘘で日本を支配している藤原氏なのである。平成になってから21年間、天皇制支持率を隠蔽しているのも、藤原流の嘘なのである。憲法第1条違反をして、平成になってからも支持率がずっと80%以上あるかのように見せかけているのは、本当は百済王族なのに、日本の天皇家の血筋のふりをして天皇をしてきた彼らにとっては、朝飯前の嘘なのである。

 憲法違反をして象徴天皇のふりをし続けるだなんて大胆な嘘は、日本人にはちょっと真似ができないが、日本の天皇家を滅ぼして、日本の天皇家の血筋のふりをしている、百済王族の彼らにしてみれば、日本国憲法違反をするなどという、この程度の嘘は、日本の天皇家乗っ取りに比べれば、ちっとも、大したことのない嘘なのである。

 藤原氏は本当に、今でも、ものすごく酷い嘘つきなのである。

 では、少し話題を変えて、天皇家の血筋について話をしていこう。

★天皇家の血筋

 天皇家の血筋には諸説ある。

●神武から継体の前まで

 神武から継体の前までは、年代も含めて歴史書の信憑性が薄いと言われている。

●継体から山背大兄王まで

 継体から山背大兄王までは、間違いなく継体王朝の血筋であると言われており、それに対する異存はあまりないようである。

●舒明から称徳まで

 しかし、舒明から称徳までは諸説があり過ぎる。

 舒明の代から既に日本在住の百済王族が新・天皇家になってしまい、それまでの日本の天皇家である上宮王家とライバル関係となっていた、という説と、家系図通り、舒明は押坂彦人大兄皇子の子だとする説などがある。

 また、天武を天智の同父同母弟とする説と、天武は天智の死んだはずの異父兄・漢王子(父は用明の孫・高向王)と同一人物であるとする説などがある。

 また、逆に、私はここで、天智を、皇極天皇とその最初の夫・百済王族・高向王との間の子・漢王子であるとする仮説を唱えよう。ちなみに高向王の血筋は不明だとされている。ここで説明しておくと、日本と百済とは昔から同盟を結んでおり、百済は王子を日本に人質として送ってくる慣わしがずっと続いていたそうである。その王子達の子孫は、日本に帰化していたそうである。高向王もそのような、百済から送られてきた王族であったと考えられる。この私の説については、以下の「■天智天皇=(百済王族・高向王と皇極天皇の子)という仮説について」を参照せよ。

●光仁以降

 光仁以降は、百済王氏であると私は考えており、あくまで聖武天皇の皇女の婿として即位した光仁とは異なり、桓武の代から、事実上の百済王族天皇家が始まっていると私は見なしている。

 いずれにせよ、天智は親・百済であり、天武は親・新羅と言われている。

 また、私は、応神天皇と継体天皇のところで、婿養子である応神と継体が天皇になったため、男系の血は入れ替わってしまったが、天皇家の血筋自体は、初代の天皇から継体王朝まで続いているかも知れないと思っている。また、親・百済色の強すぎる天智はともかくとして、天武は、用明天皇系であるか敏達天皇系であるかはともかく、いずれにせよ、継体王朝、つまり、初代天皇家の血を継いでいるかも知れないと思っている。

 しかし、その初代天皇家の血筋も光仁の時に断絶させられて、桓武以降は完全に百済王族天皇家に取って代わられている。

 藤原鎌足は中臣氏の出身だといっているが、その血筋は明らかに捏造だ。自らの血筋を捏造している藤原氏が、「この天皇家の血筋は神の血筋で、万世一系の尊い血筋である」と、自分の支配している天皇家の血筋の宣伝をしても、その天皇家の血筋も、藤原氏の血筋が中臣氏であることとと同様、信頼性はない。

 ちなみに清和源氏の私は、天智が嫌いで天武の方が好きである。源氏の棟梁・源頼朝は、母・由良御前の実家熱田大宮司家を通じて、初代天皇家と縁の深い名門・尾張氏の血を引いている。また、祖父・源為義の母の高階基実娘を通じて、長屋王と吉備内親王の血を引いているので、天武天皇の末裔である。その関係からか、源頼朝は、日本の本当の天皇家が滅ぼされ、百済王族天皇家に取って代わられたことを、知っていたのかも知れない。彼は百済王族天皇家のペテン性を見抜いていたのではないだろうか。百済王族天皇家の偽りの神通力は、頼朝には効かなかったのだろう。

 今の天皇家の祭祀も、自分達の先祖の百済王族が滅ぼして乗っ取った、日本の本当の天皇家の祟りを恐れて祀っている、という面が大いにあるのではないだろうか。そしてその祟りを恐れるイメージの中心として、天智と鎌足が殺した山背大兄王一族の象徴である、聖徳太子のイメージがあるのではないだろうか。今の天皇家である百済王族天皇家は、日本の本当の天皇家の聖徳太子の祟りを恐れているのであろう。

 日本の天皇家の祟りが怖いのならば、その祟りを鎮める唯一の正しい解決策は、自分達の血筋が、日本の本当の天皇家を滅ぼして乗っ取った、百済王族であることを国民に伝えた上で、百済王族天皇制を支持するかどうかを国民に問い、存続するか廃止するかについて、国民の審判を仰ぐことだろう。日本の国民の高額な血税を使って「日本の安寧のため」と称して、祭祀をして祟りを逃れようとするのは、極めて姑息な手段だと言えるのではないだろうか。

|

天智天皇=(百済王族・高向王と皇極天皇の子)という仮説について

 天智を、皇極天皇と最初の夫である百済王族・高向王との間の子・漢王子であると仮定すると、様々な謎が一気に解ける。

 この仮説によって解ける謎を次に挙げていこう。

①皇族女性・鏡王女を離縁した謎。

 天智天皇には皇族出身の妻が倭姫王、鏡王女、額田王女の三名いたとされている。額田王女は天武天皇から奪って妻にし、鏡王女は離縁して、鎌足の正室にしたという。しかし、天智天皇は身分の高い妻から息子が生まれることを切望していたので、鏡王女を離縁して鎌足に与えるのはおかしい。いくら鎌足が腹心の部下とはいえ、自分自身の方が部下よりもかわいいのは当たり前だから、そんなもったいないことをするはずはない。

②元妻・鏡王女の父がはっきりしない謎。

 一説には、鏡王女、額田王女は鏡王の娘ということになっている。しかし、お墓の位置を見ると、皇族同士の血縁関係が遠いか近いかが分かると言われているが、鏡王女と舒明天皇の墓が近いことから、鏡王女は舒明天皇の娘ではないかと言われている。すると鏡王の娘というのは嘘または間違いということになる。

③天智天皇が親・百済である謎。天智が国益を損なってまで百済に肩入れする謎。

④天智天皇が藤原鎌足こと百済王子豊璋と手を組んで大化の改新を起こした謎。

⑤蘇我入鹿暗殺直後、皇極天皇が終生天皇の慣わしを破って退位した謎。

⑥天智天皇が蘇我氏や他の有力皇族を殺しまくった謎。

⑦皇太子なのに、なかなか天皇にならなかった謎。

 天皇になるのに邪魔になるライバルを殺すくらいなら、自分自身が皇太子の地位にいるのなら、さっさと天皇になればいいのに、なぜ天皇にならなかったのか。

⑧古人大兄皇子の言葉の「韓人が入鹿を殺した」の「韓人」は、百済王子豊璋こと藤原鎌足を指すと考えると、なぜ、弟であり日本人である天智天皇が、百済王子豊璋と一緒になって入鹿を殺したことを、あえて述べなかったのか。「我が弟と韓人が入鹿を殺した」と、なぜ言わなかったのか。

 それでは、上に並べた謎を一気に解いていこう。

 天智を、皇極天皇と最初の夫である、百済王族・高向王との間の子・漢王子であると仮定すると、天智が親・百済だったのも当然であろう。また、天智が母の再婚相手の舒明の娘である鏡王女と結婚したのも、義理の父・舒明との絆を深め、自らの天皇家における地位の安定を図るためにも、納得できる。その後、次々と蘇我氏や皇位継承のライバルを殺しまくった後、滅ぼされた蘇我一族や古人大兄に同情的な人々を懐柔するために、鏡王女と離縁して、故・古人大兄皇子の娘・倭姫王を次の正室に迎えて皇后としたのも頷ける。皇女を差し置いて皇孫が皇后になれるはずもないので、離縁しておく必要があったのである。鏡王女は他の男性に渡すともったいないから、腹心の部下に与えたのだろう。また、額田王女の父・鏡王も誰の子かははっきりしないが、その身分はどう考えても大兄であった古人王子よりも下なので、皇族女性としての生まれの身分は、鏡王女、倭姫王、額田王女の順だったのだろう。額田王女ならば、倭姫王よりも身分が低い皇族女性なので、倭姫王を皇后に据えたまま、妻にできるのである。

 後に鎌足の正室となった鏡王女は、天智天皇の肉親(異母姉妹など)じゃないことになっている。一貫して、天智天皇は鏡王女を肉親として扱っていない。しかし、鏡王女はお墓が舒明天皇陵の域内にあるので、舒明天皇の娘ではないかと言われている。また、天武天皇が危篤の鏡王女のお見舞いに行ったことから、天武天皇の近い肉親だと言われている。この鏡王女が舒明天皇の娘であると明記すると、鏡王女の肉親じゃない天智天皇は、鏡王女の父・舒明天皇の子ではないという事実が明らかとなってしまう。だから、あえて鏡王女の父が舒明天皇であることは明記されず、そのため、額田王女と父が同じだということにされてしまったのだろう。しかし、お墓の位置が、事実を物語ってしまっているのである。

 後に天皇家の家系図を捏造しまくったのは百済王族なので、前に出てきた別の説のように、天武が仮に皇極天皇と最初の夫との間の子だったとしたら、親・新羅の天武の血筋を実際よりもよく見せかけるために、天武をわざわざ舒明の子とするような家系図の偽造など、するはずもない。もし捏造するとしたら、親・百済で、皇極天皇と百済王族との間に生まれた天智の方を、舒明天皇の子であるかのように、捏造するだろう。また、藤原氏は、祖・百済王子豊璋を皇太子であるということにしてしまったくらいであるから、皇極天皇の連れ子で、百済王族と日本の天皇家のハーフに過ぎない天智天皇を、舒明天皇と皇極天皇の間に生まれた大兄王子だと偽装するのも朝飯前だろう。

 天智天皇が藤原鎌足こと百済王子豊璋と手を組んで大化の改新を起こした理由も分かる。蘇我入鹿が上宮王家を滅ぼしたことに義憤を感じた鎌足が、天智をたきつけて大化の改新を起こした、という歴史も、先に述べた通り、嘘であることが既に分かっている。天智天皇と藤原鎌足が上宮王家を滅ぼした黒幕だったのだ。天智天皇と藤原鎌足がつるむのは、上宮王家滅亡よりも前からだった。

 天智天皇は皇極天皇の連れ子に過ぎず、父は百済王族高向王。日本と百済のハーフである。一応母が女帝なので天皇になる目があるとは言え、父母ともに日本の皇族である皇子や、父は日本の皇族、母は日本の有力豪族である皇子に較べて、天皇の座につく正統性がかなり低い。言わば、有力皇族の中では皇位への距離が最も遠かったと言えよう。

 そのような天智天皇が天皇の座につくためには、正統性の高い有力皇子達を皆殺しにする必要がある。天皇の座につく野望を持っている、百済王族と天皇家のハーフの天智天皇と、日本を百済のために動かしたい、百済王子豊璋との利害が一致したので、二人は手を組んだと考えられる。

 まず手始めとして、上宮王家を滅ぼす。次は、645年6月12日、大化の改新で蘇我入鹿を殺害。同月14日、叔父の孝徳天皇が即位、天智天皇は皇太子になった。同年9月、舒明天皇の息子・古人大兄皇子を殺害。654年孝徳天皇死去。655年、皇極天皇が重祚して斉明天皇となる。658年には、孝徳の息子・有間皇子を殺害。661年、母である斉明天皇(皇極天皇)死去。天皇の座は7年間空位にして、天智は皇太子のままで政治を執った(称制)。天智7年(668 年)、天智はようやく、天皇に即位した。672年死去。わずか4年間の在位。

 天智が本当は舒明天皇の子ではなく、百済王族と皇極天皇の間の子だったからこそ、天智はつきたくても、なかなか天皇の座につけなかったのだろう。百済王子豊璋とつるんだ、百済とのハーフ(女帝を母に持つ百済王族)の天智が次々と正統な日本の皇族達を殺していったので、かなり日本人から顰蹙をかって、嫌われていたと思われる。本当に皇太子だったなら、とっくの昔に天皇になっていただろう。7年間も天皇空位のまま政治を執っていて、ハーフである天智の即位を阻むことを日本人達がようやく諦めるようになったため、ようやく天皇の座につくことが出来たのだろう。

 蘇我氏が滅ぼされ、日本の有力な皇族達が次々と殺され、百済王族にしてやられっぱなしの朝廷の中で、本当に舒明天皇と皇極天皇の間の子である天武天皇が、日本人にとって唯一の希望の星であったのだろう。天智ではなく、天武こそ、その血筋から、本当の「大兄」だったのかも知れない。天武がライバル殺しの得意な異父兄・天智に殺されなかったのは、母・皇極を同じくする兄弟だったからだろう。

 朝廷内での天智天皇の立場は、皇極天皇の連れ子である百済王族というものであり、皇位継承権は持つものの、父が百済王族であることから、父母が日本人である有力皇族達よりも、優先順位は下、という扱いだったのだろう。天智天皇は母を女帝に持つ百済王族、鎌足は百済王子豊璋なのであるから、二人ともいわば百済王族である。古人大兄皇子の「韓人が入鹿を殺した」という言葉の「韓人」は、この二人の両方を指しているのであろう。

 もし古人と天智が舒明を父とする実の兄弟ならば、つまり、弟・天智と鎌足が入鹿を殺したのなら、古人が、鎌足が殺したことのみを話して、弟が殺した事実を無視して話さないのはおかしい。しかし、天智は古人にとって義母・皇極の連れ子で赤の他人に過ぎないし、天智は百済王族なので、韓人という言葉で、天智と鎌足の両方を指していることが納得できる。古人にとって天武は弟で肉親だったが、天智はそうではなかった。自分にとっては赤の他人の百済王族・天智が、自分にとって親しい従兄弟の蘇我入鹿を殺したことに、恐怖したのだろう。

 大化の改新で天智と鎌足が蘇我入鹿を殺したことも、人々の間では大顰蹙だったのだろう。濡れ衣であることは明らかであり、百済王子豊璋と百済王族とのハーフ天智天皇が、日本の大豪族の蘇我入鹿を濡れ衣を着せて暗殺したのである。連れ子がしでかした大事件の責任を取って、皇極天皇は、天智にとっては不本意なことではあるが、急遽、退位させられたのであろう。蘇我入鹿殺しを行った百済王族・天智の母である皇極天皇が天皇を続けるのを、世論が許さなかったのだろう。

 代わりに、皇極天皇の弟・孝徳天皇が即位。この時、天智天皇は皇太子になったとされているが、それは事実ではないだろう。息子が蘇我入鹿暗殺事件というスキャンダルを起こして、母である女帝が退位させられたのに、暗殺した当人である息子がのうのうと皇太子の地位などにつけるわけがない。百済王族がそのように歴史を捏造しただけだろう。その後、天智天皇は皇太子になれたどころか、母の死後も、なかなか天皇になることを認められずに苦労している。残酷非道な天智天皇には眉をひそめる人が多かったと思われる。

 母を女帝斉明として復帰させたのは、再び帝位を自分の元に引き寄せるための工作であろう。父は百済王族なので、日本の天皇の位に昇るには、日本皇族を両親に持つ皇族女性である母を女帝にし、その存在、自分が女帝の子であることをアピールするしかないのである。それゆえに、大化の改新で顰蹙を買って、母が退位し、孝徳が天皇になったのは天智にとって、かなり不本意だったろう。皇極天皇→孝徳天皇→斉明天皇(再)→天智天皇、と天皇の座が動いているのを見ると、孝徳天皇の即位は、皇位を狙う百済王族・天智にとって、本当に想定外の邪魔物以外の何物でもなかったろう。孝徳天皇を邪険にし、孤独な死に追いやったり、孝徳の一人息子・有間皇子に濡れ衣を着せて殺したことからも、それがうかがえる。

 天武王朝と天智王朝は父系の血筋が違っているという説をよく耳にする。これは、私の仮説によれば、日本古来の天皇家である天武王朝と、百済王族らが日本の皇族を殺しまくった挙句に出来上がった、百済王族を父系の血とする天智王朝、であることになる。

 天智天皇は、父が百済王族であるために、皇位継承の候補としては最下位扱いであった。それを覆すために、日本の有力皇族を殺しまくり、皇位を簒奪した。後に百済王族の藤原氏は、百済王族と日本の天皇家のハーフである天智天皇がやったことと全く同様にして、日本の有力皇族に濡れ衣を着せては殺しまくって、日本の天皇家を滅ぼしてしまった。そして、百済王族の血だけによる、百済王族天皇家を作ってしまった。

 この百済王族天皇家が、家系図を捏造して日本の天皇家になりすます際、光仁天皇を、百済王族の男系の血を持つ天智天皇(一応、母から日本天皇家の血を引く)の孫として繋げる家系図を作ったのは、納得のできる話である。

 父の祖国・百済のため、日本の国益を損なってまで、白村江の戦いに大軍を派遣することを決めた天智天皇。日本の有力皇族に濡れ衣を着せて殺しまくった天智天皇。自らが百済王族とのハーフであり、日本の朝廷が百済王族に乗っ取られるきっかけを作った天智天皇。天智天皇こそ、百済王族天皇家の家系図の先祖としての繋ぎ先に、ぴったりだからである。

 百済王族天皇家にとっては、名目上の祖・天智天皇こそ、百済王族が日本の皇位を簒奪するために、日本の正統な天皇家の血を引く人々を殺しまくってもいい、ということの象徴なのであろう。

 日本では、日本の天皇家の血筋が、あくまで外国の百済王族の血筋よりも上である。このことに苦しんだハーフの天智天皇。もともと日本の天皇家にはわずかに百済王族の血も混じっていたが、日本の天皇家の血を引いた皇族がいる限り、日本の天皇家>百済王家、という序列は変わらないので、日本に迎え入れられた百済王族は、日本の天皇家の血筋を絶やして、天皇家を、百済王族一色に塗り替えてしまったのである。

 天武王朝は婚姻によって天智の血が混じり、有力な血筋は、天武の子孫かつ天智の子孫でもある人が多かった。これらの天皇家の有力な血筋は、藤原氏によって全部滅ぼされ、天皇家は藤原氏と百済王氏つまり、百済王族の血筋に完全に取って代わられたのである。

 天武天皇が、それ以前の大王という呼称を「天皇」に改めるよう命じたとする説がある。また、「日本」という国名も、天武天皇が使い始めたという説がある。それ以前は日本は倭国と呼ばれていた。百済王族に日本の天皇家や有力豪族の人達が殺されまくったので、それら外国勢力に負けないよう、力強く天皇家を一新しよう、と天武天皇は思ったのだろうか。しかし、天武の死後、妻の持統が百済系(天智の娘)だったためか、天武王朝は藤原氏に取り付かれ、すぐに日本の天皇家の血筋である天武王朝は滅ぼされ、百済王族天皇家に完全に取って代わられてしまったのである。日本人が再び朝鮮民族である百済王族から政権を奪うには、初代天皇家や豪族らと同じような日本人=武人(武士)の時代である、鎌倉時代まで待たねばならなかった。

 上に挙げたような色々な謎がいっぺんに解けることから、私は舒明から称徳までの天皇家の血筋については、この仮説が一番可能性が高いのではないか、と思っている。私の体に流れる清和源氏の血には、わずかに清和天皇を始めとする百済王族の血が混じっている。そして私の血のほとんどは日本人の血である。もしもこれらの私の仮説が正しかったならば、私には自らの体に流れる先祖の血―DNA―を通じて、遠い過去の出来事を関知する、目に見えない何かがあるためであろうか。

 だが、この仮説はあくまで仮説に過ぎない。藤原氏と今の天皇家が百済王族であることが、ほぼ間違いのない事実であることに較べれば、根拠は弱い。他の仮説とも見比べながら、今後、調査することが必要だろう。

 なお、鏡王が誰の子かはっきりしないという謎がまだ残っている。しかしこれも順を追って推理すれば、ある程度の想像はつく。

 天武天皇が天智天皇の四人の皇女達を妃にするまでは、皇族の正妃がいなかったと考えるのは不自然である。額田王女は天武の最初の頃の唯一の皇族出身の妻である。天武は舒明天皇とその皇后・皇極との間の子であり、有力な皇子である。天皇の位に近い有力な皇子は、叔母、姪、従姉妹、異母姉妹等、近親者を正妃とすることが多かった。額田王女の父・鏡王は、舒明天皇の皇女・鏡王女と同一の名前を持っている。以上のことから、額田王女は、天武の姪で、天武の最初の正妃だった、つまり、額田の父・鏡王は天武の異母兄で、同じ名を持つ鏡王女の同母兄だったのではないだろうか。聖徳太子の母・穴穂部皇女とその同母弟・穴穂部皇子が同じ名を持っていたことから、そのように想像できる。もし天智が鏡王女を離縁した後も彼女にいくばくかの未練があったとすれば、元妻・鏡の姪である額田王女をその代わりに妻にしたのではないか、と想像できる。それは、正妃を奪うという形で、天武への嫌がらせにもなった。この事件で、天智と天武の異父兄弟仲は当然の如く悪くなったと考えられる。また、先に述べたように、鏡王女の肉親ではない天智を舒明天皇の子であることにするために、鏡王女は舒明天皇の娘である事実を隠されてしまったが、その時に一緒に、同じ名を持つ同母兄の鏡王も、誰の子なのか不明にされてしまったのであろう。

 なお、鏡王が誰の子かについての推理は、あくまでオプション的なものであり、重要度は低く、仮にこの部分の推理が外れていたとしても、今までの推理になんら特別の影響を与えるものではない。

 いずれにしても、百済王族藤原氏と百済王族天皇家によって、日本の歴史も家系図も捏造されまくったので、百済王族による事実の捏造に妨げられることなく、歴史の真相を調査するためには、DNA鑑定が今後、欠かすことのできない重要な手段となってくるだろう。

|

日本史には、本当のことであろうと思われる妥当な通説と、藤原氏が作った、あるはずもない真っ赤な嘘の二通りがあることが多い

 その他にもまだまだある。日本史には、本当のことであろうと思われる妥当な通説と、藤原氏が作った、あるはずもない真っ赤な嘘の二通りがあることが多い。

 既出のものも含めて、改めて、次に挙げていこう。

●日本も、3世紀になって邪馬台国の卑弥呼を中心に小国の統合体が生まれたという説と、紀元前660年に第1代神武天皇が即位したという嘘の二通りがある。残念ながら、百済王族の作った嘘の方が、建国記念日となっている。

●王子豊璋も、義慈王の沢山の子のうちの一人で、皇太子はもっと上の兄だったのに、王子豊璋こそが百済の皇太子だったという、真っ赤な嘘の説がある。嘘の出所は、言うまでもなく藤原だろう。

●天皇が天から下りてきた神の子孫で現人神であるというのは、非常に有名な嘘である。本当は鎌足こと百済王子豊璋の弟・百済王子善光の直系子孫である。

●桓武の母の高野新笠が光仁の皇后だったという珍説まである。私も思わず「えっ?」と思った。豊璋が百済の皇太子だったという嘘を作った人と同じ人が作ったのかと思った。光仁の妻には皇后の井上皇女がいるし、その次に身分の高い妻として光仁の弟の娘・尾張女王もいる。さすがに誰も信じないので、そのせいか、この珍説はあまり流通していない。

●井上皇女が産んだ他戸皇太子についても、変な説がある。それは、他戸は光仁の側室として認めることができないほど身分の極めて低い女性が産んだ光仁の庶子であるが、井上が養子にしたので、皇太子になれた、という説である。この説は、次の事実からも分かる通り、まっ赤な嘘である。

 光仁は井上皇后と皇太子に濡れ衣が着せられ暗殺されたことを悲しみ、他戸と同じ、井上皇后の産んだ子で、日本の天皇家の正統な血を引く酒人内親王を自分の次の天皇にしようとした。しかし、それも藤原氏に阻まれ、日本の天皇家の血を引かない桓武が次の天皇になってしまった。それなので、酒人内親王を桓武の妻とし、桓武の皇后として立てようとした。桓武の妻にはできたが、立后は藤原氏によって阻まれ、藤原乙牟漏が皇后となってしまった。

 もし、他戸が井上皇后の子でないなら、最初の予定として、光仁・井上夫妻は、酒人を女帝にして、他戸をその婿にしようとしたはずだ。あるいは、他戸を皇太子にして、酒人をその正室にしようとしたはずだ。それをしなかったのは、他戸と酒人が同腹だったからだろう。

 このように、百済王族は、自分達を尊くみせかける嘘や、目の上のタンコブを卑しいと見せかける嘘をつく。非常に虚言癖の強い一族である。とにかく、嘘の数が非常に多い。

|

藤原氏は、天皇制反対者に朝鮮人のレッテルを貼る

 左翼は朝鮮人のレッテルを貼られているが、本当に朝鮮人であるのは、藤原氏と天皇家である。

 百済王族藤原氏は、自分の敵や目の上のタンコブに対して、本当は自分に当てはまるレッテルを貼って、攻撃する癖があるのである。

 私は、天皇制なんか、いらない。

 きっと私も藤原氏に、朝鮮人のレッテルを貼られるだろう。

 しかし、私の中の朝鮮人の先祖の血など極めて薄く、清和源氏の祖の清和天皇など、百済王族天皇家と、藤原良房を始めとする百済王族藤原氏などだけであろうから、百済王族の血で貫かれた藤原氏のお前にだけは言われたくない、と言ってやりたい。

|

百済王族兄貴分の藤原氏が、百済王族弟分の天皇家を支配するという、上下関係について

 「■皇族女性の結婚相手について」の②で私は、近代の例として、皇族女性の方子女王と朝鮮の李王朝の皇太子が結婚したことと、藤原氏(百済王族)の嵯峨浩も満州国皇帝愛新覚羅溥儀の実弟溥傑と結婚したことを述べた。

 王家同士の国際結婚に、なぜ家臣の藤原氏の娘を参加させたのか、以前から謎に思っていたが、藤原氏が自分を天皇家よりも格上の王家と見なしていたと知ってから、初めて納得できた。

 百済王族兄たる藤原氏の分家筋の結婚相手の方は大国中国で、百済王族弟たる天皇家の分家筋の結婚相手は中国よりも小国の朝鮮なのである。

 藤原氏が上で、天皇家が下であることが、この例から分かる。

 また、藤原が上、天皇家が下、という序列は、百済王族天皇家の桓武天皇の後宮からも分かる。

 百済王族天皇家の初代ともいえる桓武天皇の後宮での地位は、それまでの日本の天皇家とはガラッと異なり、藤原乙牟漏が皇后、百済王氏の光仁天皇と日本の天皇家の井上皇女の娘である酒人内親王が妃、というように、藤原氏、百済王族天皇家、日本の天皇家、という順番で、身分が高かった。

 また結婚相手国の大小だけでなく、結婚に至る経緯も、藤原氏の分家と天皇家の分家とでは、大きな差があった。

 嵯峨浩と溥傑はお見合いして、お互いに好感を抱いて、双方同意の上、縁談を進めて結婚に至っている。自分の意思と基本的人権を守られている。

 それに対し、皇族の方子女王は、新聞によって自らの婚約を知り、大変ショックを受けたという。自分の意思を無視され、有無を言わさず、命令により自らの結婚が決められてしまったのだ。

 これは、藤原一族の人権は守られ、百済王族天皇家の人の人権は、藤原氏によって奪われたり、制限されたりして、自由がない、ということである。

 自分の結婚相手を自分で決める、ということは非常に大事な基本的権利であるが、天皇家は、兄王族藤原氏によって、その大事な権利を奪われている。

 そして、それは今に至っているのである。

 「藤原氏の息のかかった皇室典範」により、皇族は皇室会議で賛成してもらえないと、結婚したい相手と結婚できないのだ。これは、「■藤原氏の、藤原氏による、藤原氏のための、天皇制はいらない」でも述べた通りである。

|

藤原氏の自作自演は素晴らしい シナリオライター藤原氏に乾杯!(当然皮肉)

 先に述べたことと関連して、話をしよう。

 満州国皇帝溥儀は、当初、弟・溥傑を日本の皇族女子と結婚させたがったが、藤原氏は皇室典範の規定を盾に断り、藤原氏の嵯峨浩と見合いさせた(嵯峨浩と溥傑 1937年結婚)。

 一方、藤原氏が、方子女王と朝鮮の李王朝の皇太子李垠を結婚させるため(方子女王と李垠 1920年結婚)、皇室典範の規定を瞬時に修正して、朝鮮の皇太子と結婚できるようにしてしまっていたことは、皇帝溥儀にはもちろん内緒であった。

 

 皇室典範を決めるのは藤原氏。

 

 自分が自由自在に書き換えることのできる皇室典範の規定を盾に結婚を断ったり、結婚をできるようにしたり。

 さすがだ。藤原氏は自作自演が上手い。

 日本の天皇家を滅ぼして、親戚の百済王氏を新・天皇家にして自分が新・天皇家の支配者になってしまっただけある。

 みんなで、藤原氏を「ズル賢い」と褒めてあげよう。

 

 まあ、国際外交の点においても、藤原が天皇家の上に立つ必要があるもんな。婚姻により藤原の親戚となる中国王家は、天皇家の親戚となる朝鮮王家の上であって当然だからだ。兄が弟の上に立つ。そういった序列がふさわしいからだ。

 三文・シナリオライター藤原氏の貧弱な頭脳に乾杯!

|

藤原鎌足の墓を調査すると不敬罪

 天皇家を支配する藤原氏の初代・鎌足について話をしよう。

 関裕二著『藤原氏の正体』(新潮文庫 2008年)303-304頁によると、昭和九年、藤原鎌足の墓らしい古墳が発見された。棺内をレントゲン撮影したところ、冠帽が写っており、それを復元してみると藤原鎌足の大織冠である可能性がでてきた。しかし、これは必要最小限の調査のみ行い、古墳は再び埋められてしまった。当時の大日本帝国憲法に記された「不敬罪」を恐れての、やむを得ぬ処置だったらしい。

 しかし、そもそも「不敬罪」とは、皇室に対する罪である。なぜ鎌足を王家の人間扱いするのか。「藤原鎌足の墓は、天皇家の墓よりも畏れ多い」と藤原系の人間が主張し、調査を拒んだとの説もある。臣下である藤原鎌足が、なぜ、天皇家よりもランクが上だと主張するのか。

 しかしこれも、天皇家が弟王子善光の子孫であり、藤原氏が兄王子豊璋こと鎌足の子孫であることを考えると、謎が解けるのである。

|

見分けよう そして見ていこう

 私は、フィギュアスケートの6種類のジャンプをほぼ、見分けられる。

 水晶玉とガラス玉を、ある方法によって、見分けられる。

 だが、これらを全て見分けられる人は、どれくらいの割合でいるのか。

 フィギュアスケートの6種類のジャンプを見分けられず、水晶玉とガラス玉の区別もつかない人間が、「藤原氏の主張は全て真実であり、今の天皇家が万世一系の継体王朝の血筋であると信じる」と声高に主張しても、説得力はないだろう。

 その人の主張の信頼性、並びに、その人の判断能力は極めて低い。

 見分ける力がないから、見分ける努力を一切、していないから、百済王族なんかに騙されるのだ。

 頭が良くなるとはどういうことか。

 あるものとあるものとを見分ける力をつける、ということである。

 本物と偽物、嘘と真実を見分ける力をつける、ということである。

 これはなかなか難しい。これが難しいことを私は知っている。

 しかし、藤原氏と天皇家の主張を全て丸ごと信じる人間は、「本物と偽物を見分けることは自分にとって簡単だ」と信じ込んでいるのだろう。

 そのような人は、ガラス玉か水晶玉か未確認の、恐らくガラス玉と思われる玉を「これは水晶玉ですよ」と言って、水晶玉を求めている人に水晶玉の値段で販売しかねないような、いい加減で無責任な人間だと思う。

 嘘を信じても、嘘は本当にはならない。

 嘘を百回言っても、嘘は永遠に嘘のままである。

 家系図について…

藤原氏=天皇家を滅ぼした百済王族。中臣氏になりすました百済王子豊璋こと鎌足の子孫。

天皇家=継体王朝の天皇家になりすました百済王族。鎌足の弟百済王子善光の子孫・百済王氏そのもの。

徳川氏=清和源氏になりすました一族。

北条氏=平氏の一族になりすました一族。

織田氏=藤原氏の一族になりすました一族。

 その他、家系図を捏造している一族は多い。

 全て、天皇家と藤原氏が率先して家系図詐欺をしているので、それを見習っているせいだろう。

 私は、フィギュアスケートの6種類のジャンプを見分けられる。

 私は、水晶玉とガラス玉を見分けられる。

 大事だと思うこと、興味のあることは見分けられないよりも、見分けられる方がよい。

 徳川家は、天下を取るのに清和源氏である必要はないし、つまらぬ詐称はしない方がいい。

 今の天皇家は、天皇制支持率さえ高いならば憲法上、それで充分なので、天皇家でいるのに、つまらぬ血筋詐欺はしない方がいい。

 しかし、平成に入ってからは、天皇制支持率を隠蔽して憲法第1条違反をしているので、もはや、憲法によって定められた象徴天皇ではない。

 天皇制支持率を隠蔽しながら、象徴天皇ではない者を象徴天皇と呼んで扱えば、本当の象徴天皇となると信じる政治家達は、悪質な憲法違反者であり、国民を愚弄する詐欺師である。

 全員国民の目の前から去るべきであろう。

 そしてその憲法違反の詐欺師の政治家達の中には、今の天皇家はまさしく、継体王朝の天皇家などではなく、天皇家を滅ぼした、藤原氏と同じ百済王族に過ぎないと知っていて、国民を欺いている人達がいる可能性さえ、あるのである。

 藤原氏の主張することは全て証拠も何もなくても真実であり、それに疑問の声を挙げる者を、血筋の卑しい売国奴呼ばわりする風潮は、濡れ衣着せが十八番であり、虚言癖のある藤原氏が作った、白々しい三文芝居の風潮なのである。

 百済王族天皇家の本体は、百済王族天皇家自身にあるのではなく、兄貴分の血筋の百済王族藤原氏にあったのである。

 正体がばれてしまった藤原氏の未来はどうなるのか、これから、じっと見ていこう。

|

百済王族は他国の王族を蔑んだ 日本の天皇家は他国の王族を丁重に扱った

 先ほど、近代の例として、皇族女性の方子女王と朝鮮の李王朝の皇太子が結婚したことを挙げた。また、藤原氏(百済王族)の嵯峨浩も満州国皇帝愛新覚羅溥儀の実弟溥傑と結婚したことを挙げた。

 しかし、これは他国の王家の皇太子や皇帝の弟に対して失礼ではないか。

 本来なら、天皇の娘を嫁に出すべきなのに、藤原摂関家の分家の娘や、天皇家の分家である宮家の娘を国際結婚として他国の皇太子や皇帝の弟(皇帝には子はいない)に嫁がせているのである。同格扱いではなく、「お前らなど分家の娘で充分だ」と、明らかに見下しているのである。

 このことから、百済王族は、他国の王家を侮蔑して見下す冷たい心を持つ一族であることが分かる。

 それに対し、日本の本当の天皇家は、他国の王族を自分達と同格とみなし、大切にした。

 他国の王族を皇女の夫とし、時には天皇に即位させたりするほど、寛大であった。お人好し過ぎるほど、お人好しであった。

 そこを、心の冷たい狡猾な百済王族につけこまれて、滅ぼされ、まんまと家を乗っ取られた。

 具体的に言うと、日本の天皇家は、皇族女性・中日売命の夫となった百済王族を応神天皇にしたり、百済王族天皇家の事実上の初代・桓武天皇の父である百済王氏の光仁を、聖武天皇の娘・井上皇女の夫として天皇にしたり、非常に寛大であった。もちろん、非皇族・日本人の継体も、手白香皇女の夫として天皇となっている。

 このように、それほど男系の血にこだわっていなかった。

 このように、わりとお人好しで、寛大な日本の天皇家と、天皇自身の娘ではなく、格下の宮家の娘、摂関家の分家の娘を、他国の王家の王子達に嫁がせた、冷酷で傲慢な藤原氏と百済王族天皇家が、同じ血筋であるはずがない。

 心が違い過ぎるから、血筋が同じはずがないのだ。いくら家を乗っ取って日本の天皇家のふりをしても、血は争えないことは、頭脳の極めて明晰な人の目には明らかだ。このような血筋によるはっきりとした行動形式や価値観の違いを、「血は争えない」と言うのではないだろうか。

 日本の天皇家は寛大で、男系の血筋や血筋自体にあまりこだわらない。

 それに対し、百済王族天皇家や藤原氏は心が狭く、男系の血筋にこだわり、しかも、冷酷な心を持つ。

 男子を産む、子供を生むということに関して、百済王族である宮内庁が、日本人である美智子皇后いじめや、雅子妃いじめをしていることに、それは表われている。

 もし誇りある本当の日本の天皇家ならば、家臣による皇太子妃への、そんな理不尽ないじめは、決して許さないはずだ。

 藤原氏の方が天皇家よりも兄貴格で、しかも日本人ではなく朝鮮王家の血筋だからこそ、そのようないじめを、いまだに行なっているのだ。

 ここにも日本人と、朝鮮民族の百済人との民族性の違いがくっきりと表われている。

 継体王朝の天皇家と、藤原氏に支配されている、今の百済王族天皇家は、民族的にも、全く別の血筋である。

 百済王族が他国の王家の血筋を侮蔑するのは、百済王族天皇家の初代ともいえる桓武天皇の後宮での地位が、藤原乙牟漏が皇后、百済王族天皇家と日本の天皇家の血を引く酒人内親王が妃、というように、藤原氏、百済王族天皇家、日本の天皇家、という順番で、身分が高かったことからも、はっきりと分かるだろう。

 これは百済王族の藤原氏が、他国である、日本の天皇家の血筋を見下し、侮蔑していた確たる証拠である。

|

百済王族は他国の王族を無残にも暗殺した

 百済王氏の光仁天皇の皇后である、井上皇女と彼女の産んだ皇太子・他戸皇太子は百済王族である藤原氏の手により、無残な最期を遂げた。

 百済王族の光仁天皇の同母姉難波内親王を呪ったという濡れ衣を着せられて逮捕され、暗殺されたのだ。

 藤原氏は、日本の天皇家の血を引く皇后、皇太子よりも、単なる百済王氏の一女性・難波内親王の方が圧倒的に身分が高いという、道理の通らない扱いにして、皇后、皇太子を強引に殺害してしまったのだ。

 これも、藤原氏、百済王族天皇家、日本の天皇家、という順番で、身分が高いという序列を無理やり作りつつあった藤原氏による、あからさまな横暴だ。

 そして光仁天皇の庶子に過ぎない桓武天皇(桓武は藤原氏と密着していた。桓武は父同様、日本の天皇家の血は引かず、百済王氏の血のみ引く。母からもわずかに百済王の血を引くとのこと)が次の天皇となり、日本の天皇家の正統な血は無残にも絶やされ、完全に百済王族天皇家に乗っ取られた。

 天皇家が、日本に迎え入れてあげていた百済王族により、恩を仇で返され、逆に乗っ取られたため、それに反抗すべく、各地で多くの皇族が反乱を起こした。しかし、全て百済王族藤原氏の手によって鎮圧されてしまい、彼ら多くの皇族は逮捕され、平民に落とされるなど、処分された。また、彼らの中には、日本天皇家滅亡を企む藤原氏によって濡れ衣を着せられて、起こしていないのに謀反を起こしたことにされ、討たれた者も多かっただろう。

 ここに日本天皇家は完全に滅び、藤原氏と百済王族天皇家の兄弟百済王族コンビによる、百済王族天皇制による日本支配が、新たに始まったのである。

 光仁即位の前には、聖武の娘の称徳女帝が、藤原氏の手によって無残にも暗殺されていることも見逃せない。

 着々と、百済王族藤原氏は、日本の天皇家滅亡と乗っ取りのため、濡れ衣、暗殺を日本の皇族に対し、繰り返してきていたのである。

|

大日本帝国は他国の王族を無残にも暗殺した それこそまさに百済精神

 大日本帝国は、邪魔だということで、李氏朝鮮の閔妃を暗殺した。

 他国の王室の人を無残にも暗殺したのである。

 百済王族藤原氏が、邪魔だということで、日本の本当の天皇家のたくさんの人達を、無残にも暗殺しまくったのと瓜二つである。

 百済王族が日本を支配することにより、百済精神がこのように発揮されるようになる。恐ろしいことである。

 濡れ衣、暗殺は、百済精神の十八番である。

 自分にとって邪魔である他国の王族を暗殺することを最も強い武器としている、百済王族藤原氏が、暗殺によって今の特権的立場を維持しているのである。

|

ここは百済ではなく、日本である 百済の象徴なんかいらない

 日本人も雑種であるが、日本の本当の天皇家は、日本人の血も含め、色々な血が混ざり合った雑種であり、垂れ目、釣り目、水平目、ぱっちり目、細い目と色々あったろう。

 しかし、百済王族の藤原氏と百済王族天皇家の祖国・百済は、細くて釣り上がった目ばかりから成っている、単一民族だったのだろう。

 上でも述べた通り、天皇皇后を表す雛人形の釣り上がった細い目。韓国人であるフィギュアスケートのキム・ユナ選手と良く似ている、雛人形の朝鮮民族特有の細い釣り目。それは、天皇家と藤原氏の血筋の証拠。

 日本の本当の天皇家も百済人の血の混じった雑種の日本人、我が清和源氏も清和天皇など、百済人の血の非常にわずかに混じった雑種の日本人。

 どちらも百済王族の血がわずかに混じっている点では多少尊いが、百済王族の血で貫かれた藤原氏や百済王族天皇家に較べれば遥かに卑しくて劣っていると、藤原氏や百済王族天皇家はきっと、見下しているのだろう。

 日本の本当の天皇家や清和源氏など、卑しい日本人の血がいっぱい入っているゆえに、卑しい血筋だと。自分達百済王族の方が尊い血筋だと。

 しかし、彼らに言ってやりたい。

 ここはお前らの祖国の百済ではなく、日本だと。

 百済王族天皇家の天皇は、言わば、百済の象徴と言えるだろう。

 日本の天皇家のふりをして、百済王族藤原氏に支配された百済王族天皇家が続く限り、藤原氏と天皇家にとっては、祖国の百済が日本において続くのと同じなのだろう。

 日本の建国記念日は、神武即位日の紀元前660年旧暦元日の2月11日であるという、藤原氏の作った超・恥ずかしい嘘が、日本でまかり通っている限り、百済王族天皇制は安泰なのだろう。

 第125代天皇だなんて嘘をついて、百済王族はよく恥ずかしくならないものだ。21年間も天皇制支持率を隠蔽していても、恥ずかしくならないのだから、仕方がないか。

 なにせ、百済王族達は、父の死後1年以上も経ってから母の腹から生まれてきたり(応神誕生)、天から神の子孫として降りてきたりする人達。

 このように、嘘をつくのが平気な百済王族達。

 百済王族天皇は、言わば、百済の象徴と言えるだろう。

 しかし、ここは百済ではなく、日本である。

 嘘で塗り固めた百済の象徴なんか、いらない。

|

■フィギュアスケート編■

|

藤原氏と今の天皇家が、日本の本当の天皇家を滅ぼして乗っ取った百済王族であることを、今年2010年2月に開催された五輪フィギュアスケートを通じて、神様が全日本人に知らせようとしているのではないだろうか

 つい先日、2010年2月開催の五輪のフィギュアスケートが終わった。日本は男子3人、女子3人が出場した。そして、みな、その時その時でできる、せいいっぱいの演技をし、男子3人、女子3人入賞した。入賞は八位までだが、全員入賞なんて、滅多にない素晴らしいことだ。

 浅田真央はトリプルアクセル(3A)をショート・プログラム(SP)1回、フリー・スケーティング(FS)2回の、合計3回入れて、いずれも成功させることが出来た。これは史上初の偉業であり、これから先も滅多に起こらないであろうと予想される、物凄いことだ。しかしながら、真央はその後、2つミスをした。

 真央の直前に天文学的高得点を出していた、3回転3回転の連続ジャンプ(3-3)を武器に持つキム・ユナが、真央に大差をつけて金メダルを取った。真央は銀メダルに終わった。真央にたとえミスが一つもなくても、真央が演技する前から、天文学的高得点により、キム・ユナの金メダルは決まっていたが…。真央はミスはあったものの見事に演じきった。

 男子3人、女子3人の入賞。真央の3A、3回。キム・ユナの3回転3回転の連続ジャンプ。みんな「3と3」である。これは、日本人に、五輪後に来る3月3日の雛祭りの日付を思い起こさせる。

 銀メダルに終わった真央。その敗因の一つとして、五輪で金メダルを取りにくい暗い曲をショート・プログラム、フリー・スケーティングの両方に持ってきてしまったことが挙げられる。

 ショート・プログラムはハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」。フリー・スケーティングは「鐘」。

 ハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」のあらすじはこうだ。ニーナという貞淑な若妻が社交界デビューするが、社交界とは、華やかなのは表面だけで、その内実はドロドロした恐ろしいところであった。彼女は運の悪いことに、偶然の出来事が積み重なって作り上げられた罠にはまってしまい、浮気したという濡れ衣を着せらてしまうことになった。ニーナの夫は妻が浮気したと思い、ニーナは愛する夫に毒殺されてしまう。真央がSPで演じたのは、ニーナの社交界デビューに当たる、最初の仮面舞踏会の場面である。金メダルを狙うには余りにも暗すぎる話である。物語は帝政ロシア末期のころの貴族社会が舞台。作者はこの作品でロシアの貴族社会の特殊性を描き出し、批判しようとした。(仮面舞踏会 (ハチャトゥリアン) 参照)。

 ラフマニノフの「鐘」は4つの楽章により構成される。真央がFSで演じたのは、第3楽章ブレストである。その表す内容は、次の通りである。

 激動の騒乱を告げる銅の警鐘が鳴り響く。人々の恐怖と憤激を代弁するかのように混声合唱が力強い咆哮を轟かせる。(鐘 (ラフマニノフ) 参照)。

 恐怖。憤怒。警鐘が鳴り響く…。だから真央はあんな恐ろしい顔をして「鐘」を演じたのである。

 SPは恐ろしい陰謀渦巻くドロドロした社交界。FSは恐怖、憤怒を表す警鐘。とても金メダルを狙って選んだ曲とは思えないほど暗い曲だ。

 この2曲を選んだのは、ロシア人コーチのタラソワと真央。しかし第三の人物として、神様の姿が浮かび上がってくる。神様がこの二人に加わり(といっても、二人の目には神様は見えないが)、この主な三人で、この2曲を選んだのではないだろうか。

 そして、その目的は、金メダルを取ることではない。人々に自分の熱い、湧き上がるようなメッセージを伝えることが目的なのである。タラソワが伝えたいメッセージ、真央が伝えたいメッセージ、神様が伝えたいメッセージ。真央の演技には、三者のメッセージが込められているのではないだろうか。

 「仮面舞踏会」のキーワードは貴族、陰謀、濡れ衣、毒殺。いずれのキーワードも、どこかで何度も見たようなものばかり。

 百済王族藤原氏は自らを「貴族」と呼んで貴んだ。自分で自分のことを貴いと言うなんて図々しい。彼らの感覚は、日本人のものではない。武士や、日本人の有力な一族が自らを「豪族」と呼んだのとは、かなり性格が異なっている。藤原氏の十八番は、陰謀。邪魔者に濡れ衣を着せる、邪魔者を暗殺する。藤原氏のあり方、やり方、そのものを「仮面舞踏会」は批判している。

 また、恐怖、憤怒を表す警鐘の「鐘」。そのような百済王族に対して、警戒せよ、と日本人全部に対して、警鐘をけたたましく鳴らしているのである。藤原氏と今の天皇家は、日本の本当の天皇家を滅ぼして乗っ取った朝鮮民族だから、そのことに気付け、と警告の鐘を鳴らしているのである。

 この曲は人々に危険が迫っていることを知らせる「警鐘」をモチーフにした曲なのである。「聞け!このけたたましき警鐘を!」 戦争や何か、不幸で危機的な状況が迫っている事を知らせ、人々の注意を喚起する為の悲壮な鐘の音なのである。

 真央はFSで赤と黒の衣装を着た。赤は炎の色。戦争、災害などで火の手が上がる。その赤の色。赤い衣装を着ると金メダルを取れないというジンクスがあり、なぜ青い衣装にしないのかという話題があったが、この曲で演技をするなら、絶対に「青」は考えられない。

 この「鐘」について、テレビでは本当にいい加減な解説がされることがある。「もともとは女性の愛をテーマにした曲だそうです」とデタラメが言われたこともあったそうだ。また、この五輪のNHK放送では、「タラソワが自由と平和のメッセージを込めたプログラム」だと解説していたが、「自由と平和の大切さを強調する」という意味なのか? 危険、不安、恐怖、炎が迫りつつあることを知らせる「カーン、カーン、カーン、カーン」という、恐ろしい警鐘なのに、全然ずれたことを言っている。

|

大津波警報は、神様からの日本人全員へのメッセージと考えられないだろうか? これは偶然だろうか? いや、偶然じゃないだろう

 先程も述べた通り、「鐘」は、神様が、日本人全員に、百済王族の正体に気付け、という警鐘を鳴らしているのである。警報である。そう言うと、「まさか、そんな、こじつけでしょ」と言う人もいるかも知れない。

 しかし、2月28日。五輪フィギュアスケートのエキシビション(EX)生放送の日。午前9時30分から始まる予定のエキシビションを見るため、私がテレビをつけていたところ、午前9時30分頃、テレビ画面に大津波警報が来た(後で大津波警報が来た正確な時刻を調べたところ、9時33分とのことだった)。画面右下四分の一の大きさに日本列島の地図が表示され、沿岸地方が黄色やオレンジ色にけばけばしくハイライトし、日本全国の太平洋沿岸に対し、最大3mの津波警報が出たのである。この全国に亘った大きな津波警報は、神が日本人全部に対して、百済王族の正体に気付け、百済王族に対して、警戒せよ、と言っているのではないだろうか?

「バンクーバー五輪 フィギュアスケート エキシビション」テレビ愛知 2010.02.28 AM09:00-PM00:19 より

20100228_am0900pm0019_live_2

 どのTV番組を見ても、画面右下四分の一の大きさに、日本列島の地図が表示され、警報が出ていた。日本列島地図が表示された警報は、何時間もずっと続き、エキシビションが終わった後もずっと続いていた。エキシビションの録画ビデオには、最初から最後まで日本地図が表示されていた。こんな警報は少なくとも私は今までに見たことがない。今回、初めて見た。

「真相報道バンキシャ!」中京テレビ 2010.02.28 PM06:00-6:55 より

20100228_pm0600655

 これは、南米チリ中部で27日午前3時半、日本時間で同午後3時半すぎ、マグニチュード8.8の強い地震が起きたため、発生すると予想された津波だ。この地震のエネルギーは1900年以降に発生した地震で5番目の規模だという。南米チリは日本から非常に遠く、地球の裏側だ。大津波警報の発令は、230人の犠牲者を出した1993年の北海道南西沖地震以来、17年ぶり。津波警報は北海道から沖縄までの太平洋沿岸全域に出され、広い範囲で1.2m~10cmの津波が観察された。20都道府県の約149万8000人に避難指示や勧告が出された。なお、28日午後8時時点では、人的被害は確認されていない。

 これは一体どういうことか。じっくりと、よく、考えてみよう。17年前の大津波警報の発令の時は、発令したにもかかわらず、230人もの犠牲者が出てしまった。しかし、今回の大津波警報発令の規模は非常に大きく、全国にまたがり、約150万人もの人に避難指示や勧告が出されたのである。滅茶苦茶大きな規模である! こんな大きな規模の避難指示や勧告は、見たことがない! よほど、津波の被害が大きくなってしまうのか、と予想された。しかし、28日午後8時時点では人的被害は確認されていない。ゼロである。だったら、大津波警報はちょっと大袈裟過ぎたのだろうか?

 これは、予想が外れたこともあるが、日本でも142人の死者・行方不明者が出るなど、各国で大きな被害を出した1960年のチリ地震(M9.5)の教訓が生かされ、この警報のために人的被害が出るのを避けられた、という面もあるだろう。

 1993年の北海道南西沖地震では、津波の高さは、16.8mや30.6mのものもあった。今回は最大3mと予想されたが、実際には1.2m以下であった。気象庁の担当官は「予測が過大だった。警報が長引き迷惑をかけた」と、おわびを表明した。予想は外れたが、津波は、通常の波とは、押し寄せる水の量が全然違うので、たとえ30cmの津波であっても危険である。だから人的被害が出なくて良かったと言えるだろう。

 しかし、この大津波警報は、実は神様が、日本中の人に、大きく大々的に、百済王族の正体に気付け、と警報を出したいがために、出されたのではないだろうか?と私は考えている。

 津波の警報と百済王族の正体に気付け、という警鐘は、関係ないと言われるかも知れない。しかし、である。まるでエキシビションの始まる時間に合わせたかのように、警報が始まり、エキシビションの最後まで(その後もずっと)警報は表示されたままだった。

 これは偶然だろうか。いや、偶然ではない。

 エキシビションが始まる予定は、午前9時30分で、大津波警報が来たのはそれより少し遅れた9時33分だったが、ほとんど同時刻である。前回、大津波警報があったのは17年も前なのである。17年ぶりに気象庁による大津波警報が来て、しかも、それはエキシビションの開始予定時刻とほとんど同時に来たのである。しかも、ご丁寧に「33」分に。3と3である。これは偶然だろうか?! いや、神様が狙ってやったとしか思えない。本当に、感動的である。3月3日の3と3! 3A3回の3と3! 33分の3と3!

 エキシビションには、銅メダリスト高橋、銀メダリスト浅田と5位の安藤、3人もの日本人選手が出場していた。それなので、見ていた人は多いだろう。そのエキシビションで、開始とほぼ同時に大津波警報が出て、終了するまでずっと出っぱなしだったのである。

 「津波に注意せよ」。津波と言えば、元祖トリプルアクセルの伊藤みどりが、圧倒的高さと安定感のあるジャンプ技術によって、他国から津波に因んだ「Tsunami Girl(ツナミちゃん)」と呼ばれたことが有名である。ということは、どういうことか?

=================================================

 五輪フィギュアスケートのEX画面に日本地図が表示され、大津波警報が出る

→日本中の人々よ、大津波に注意せよ!

→津波と言えば、Tsunami Girlの伊藤みどりだ!

→今年の五輪は伊藤みどり以来、18年ぶりに浅田真央が五輪でトリプルアクセルに3回挑む! これに注目せよ!

→浅田真央がSP、FSで演じる曲目のメッセージに注意せよ!

→SPは「仮面舞踏会」。どろどろとした貴族社会。陰謀。濡れ衣。暗殺。藤原氏の十八番。百済王族藤原氏のあり方、やり方、そのものを「仮面舞踏会」は批判している。FSは「鐘」。警鐘の鐘。そのような百済王族に対して、警戒せよ!、と日本人全部に対して、警鐘をけたたましく鳴らしている。

→警鐘、つまり、大津波警報の警報

に話は戻ってきて、つながるのである。

=================================================

 今回の大津波警報発令の規模は非常に大きく、全国にまたがり、約150万人もの人に避難指示や勧告が出された。だが、予測が過大で、警報が長引き迷惑をかけた、と担当官がおわびを表明し、結果として人的被害ゼロに終わったこの大津波警報には、実は、真の目的があったのだ。

 その目的とは、日本の天皇家を滅ぼして乗っ取った、百済王族の正体に気付き、注意せよ、という警鐘を、日本人全部に大々的に伝えることだったのである。

 日本中の注目が集まっているフィギュアスケートを通じて、真央のSPとFSに警告のメッセージを込め、そのフィギュアのEXの開始タイミングとピッタリ合わせて、神様は大津波警報とのコンビネーションで、警鐘を鳴らしたのではないだろうか。まさにコンビネーションジャンプならぬ神様による3-3の綺麗に決まった、コンビネーション警報と言えよう。

 大津波警報が17年に1回位しか発令されないと仮定すると、17年は分で表すと約894万分に当たるから、フィギュアEXの日の午前9時33分という1分間の間に偶然大津波警報が出される確率は、約894万分の一しかない。偶然ではないだろう。神の強い意志を感じる。

|

浅田真央とキム・ユナのライバル対決もまた、そのすぐ後に来る3月3日雛祭りのお雛様が、浅田真央顔(日本人顔)ではなく、キム・ユナ顔(朝鮮人顔)であることに気付かせるための、神様から全日本人への、目が覚めるほどの強烈なメッセージだろう

 偶然はそれだけではない。真央の金メダルを阻んだライバル、韓国人のキム・ユナ。今上天皇がゆかりを感じた韓国のスケーターで、真央と同い年のライバル、キム・ユナの存在にも、大きな意味がある。

 キム・ユナは上の方でも述べた通り、目が細くて釣り上がっていて、お雛様に似ている。内裏雛は天皇皇后の人形であり、目が細くて釣り上がった顔をしている。キム・ユナは藤原氏や今の天皇家と同じ朝鮮民族だから、お雛様と似ていても不思議はない。

 キムがお雛様に似ているということに関連して、真央は仏像に似ている、という人がいるか知れない。しかし、お雛様は朝鮮人人形であるが、仏像は仏陀の像だから、日本人が仏像に似ていても別になんとも思わない。お雛様はいかにも朝鮮人っぽく目が釣りあがっているが、仏像は基本的に目が水平だからだ。

 なお、真央は特に、京都広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像、奈良中宮寺の伝如意輪観音半跏思惟像に似ている。これは飛鳥時代を代表する二体の半跏像である。飛鳥時代は日本の本当の天皇家の時代。光背の有無を除けばほぼ同じポーズで、かすかに微笑んだ表情まで共通している。世界に誇れる圧倒的美しさの半跏思惟像である。

 また、大仏(大きな仏像)と言えば、奈良の大仏や鎌倉の大仏があるが、奈良時代は、日本の本当の天皇家が、まだ百済王族に乗っ取られる前の時代だ。

 その次の、桓武天皇(百済王族天皇家の事実上の初代)による京都への遷都から始まった、平安時代の約400年は、百済王族が日本を支配した時代だった。

 だが、その次の鎌倉時代は、日本の武士の時代だ。

 百済も日本も仏教を受容していたので、仏像は別に朝鮮人だけのものではない。仏像に似ていることは、日本人として有難味があることだ。

 キム・ユナが、目が細くて釣り上がっていて、お雛様に似ているだけでなく、浅田真央もまた、日本の世界に誇れる弥勒菩薩半跏思惟像に似ていることも、実は、神様のお計らいなのではないだろうか。

 弥勒菩薩半跏思惟像は、神様が人類を救済するために、つまり、人類の魂を成長させることにより、人類を幸福にするために、どんなメッセージを我々に送ろうかと、どんなメッセージならば我々に通じるかを、一生懸命考えて、思案している有り難い姿のような気がする。

Maitreya_koryuji 広隆寺 弥勒菩薩半迦思惟像  木造 像高 123.5cm

出典: 『上代の彫刻』小川晴暘・上野直昭、朝日新聞社、昭和17年

(著作権の保護期間満了)

 そして思いついたのが、この一連の、規模の大きな長期的な計画に基づいた流れなのではないだろうか。

 それは、バナナ、かたばみ、日本人のダジャレ好きの性質、色々な形で、神のメッセージの伝達者としての役割を担う、非常に多くの人々(私自身を含む)、清和源氏心実流、丸に果実片喰、全日本人に発せられた、自らの血筋を貴いと主張し日本を支配しようとする百済王族への警戒メッセージ、真央とユナのフィギュアスケート・ライバル対決、大津波警報、などの、この一連の大きな流れである。

 さて、話を元に戻そう。

 浅田真央とキム・ユナの五輪対決の直後に、3月3日の雛祭りがある。真央とキムの対決では、「3と3」の数字がクローズアップされる。「3と3」。その数字から、当然、そのすぐ後に来る3月3日の雛祭りと雛人形のことが思い出される。

 内裏雛が朝鮮民族特有の細く釣り上がった目をしているのは、今の天皇家と藤原氏が百済王族であることが日本中にばれるように、神様が特別に仕組んだことだと考えると、日本中が注目した、五輪フィギュアの真央・ユナ対決は、3月3日の雛人形が、朝鮮民族特有の細く釣り上がった目をしていることに、日本中の人が気付くようにと、神様が準備したものと考えられる。

 この五輪対決から、次のようなケースが日本中のあちこちで見られるのではないだろうか。

=================================================

 ~ある日本人のモノローグ~

 五輪フィギュア、面白かったな。男子3人、女子3人出場して、全員入賞するなんて、日本は今がフィギュアの全盛期じゃないだろうか。真央ちゃん、3AをSPとFSに合計3回入れて成功させるなんて凄い。伊藤みどり以来の大偉業だ。歴史に残るよ。でも、ライバルの韓国人キム・ユナに敗れて本当に残念だったな。キムのあの異常に高い点はなんだ? あんな高得点出されたら、後続の選手達が絶望感でボロボロになるじゃないか。どうなってるんだ。いくら3回転3回転が武器とはいえ、技能は突出しているわけじゃないのに、得点だけ突出しているなんて…。キムへの異常加点は不可解だ。これじゃ、競技にならないよ。

 でも、EXで真央ちゃん、可愛かったな。日本のお姫様みたいだ。雛人形みたいだな。ああ、そう言えば、五輪に夢中になって、今年まだ雛人形を飾っていなかった。早速押入れの箱から取り出して飾ろう。ガサゴソガサゴソ。真央ちゃんみたいに可愛いお雛様…っと……。

Photo_2 《前出のお雛様の顔》

 へ?なにこれ。キム・ユナみたいに細くて釣り上がった目のお雛様だ。え?え?これ、どういうこと? お雛様も、お内裏様も、三人官女も、五人囃子も、モロに朝鮮人顔じゃないか!

 (翌日)「俺んとこのお雛様、キム・ユナ顔だった」「なんだよ、俺のところもだよ」「真央ちゃん顔を期待して開けたら、キム・ユナ顔が出てきた」「目が細くて釣り上がっていて、キム・ユナみたいな、典型的な朝鮮人顔だった」「天皇家って日本人じゃなくて、朝鮮人だったのかな?」「そういえば、今上天皇がサッカー日韓共催のワールドカップの時に、韓国に対してゆかり発言をしていた」「でも、お雛様だけじゃないか、朝鮮人顔なのは」「いや、お内裏様もお雛様も両方だよ」「雛人形は内裏雛以外の貴族も全部朝鮮人顔だよ」「だったら天皇家だけじゃなくて、藤原氏も朝鮮人かよ」「天皇家って初めからずっと朝鮮人だったんだろうか? 万世一系ってのもどうせ嘘なんだろうな」「どうだろう? いずれにせよ、嘘だったんだから、DNA鑑定を含む、徹底的調査が必要だろう」

=================================================

 真央のSPの「仮面舞踏会」は、桓武を初代とする今の天皇家が日本の本当の天皇家の仮面を被った、百済王族天皇家であることを意味する。FSの「鐘」は、そのことを警告する警鐘を意味する。

 EX放送の時の大津波警報を表す日本地図は、そのことを全日本国民に警報したい、という神の意志を表す。

 神様は本気だ。本気で全日本人に、今の天皇家と藤原氏が朝鮮民族だと気付かせようとしている。

|

日本のみんな、大津波警報に込められた神様からの本気の警報メッセージを、しっかりと聞こう 「Tsunami Girl」の後継者 浅田真央による「仮面を被った百済王族に気を付けろ」という警鐘を鳴らす演技を、心の目でしっかりと見よう

 「大津波警報」は神様が「Tsunami Girl」に引っ掛けて警報を出していると考えられる。これは神様からダジャレ好きの日本人へのメッセージだ。

 元祖トリプルアクセルの伊藤みどりは「Tsunami Girl(ツナミちゃん)」と呼ばれた。伊藤みどりから18年ぶりに、五輪でトリプルアクセルを、しかも、3回も果敢に挑んで成功させた浅田真央は、まさに「Tsunami Girl」の立派な後継者と言えるだろうう。「大津波警報」は、「日本中の人よ、『Tsunami Girl』の後継者 浅田真央の警鐘に、大いに、大いに、耳を傾けよ!」という意味なのだろう。

 キム・ユナが「真央は私。私は真央」「真央はもう一人の私」と言ったそうだ。また、キム・ユナが色々あれこれとしゃべっている動画の中で、ユナが「アイゴー」と小さい声で言っていたのを見たことがある。「アイゴー」は朝鮮語の感嘆詞。用法は多彩で、泣き叫ぶとき、びっくりした時、がっかりした時、くやしい時、あきれた時など、感きわまった時に用いられる場合が多いが、溜息をつく時などにも用いられる。

 アイゴーと言えば、今の天皇家の初代である桓武天皇とその次の天皇である平城天皇が、父が亡くなった時、「アイゴー」と朝鮮語で泣いた話は有名である。もし朝鮮人でなければ、アイゴーと朝鮮語で泣くはずはない。また、桓武天皇以降、つまり今の天皇家が、密かに百済王家を兼ねていることも有名である。つまり、「天皇家は百済王家。百済王家は天皇家」なのである。

 しかし、真央とユナが別人であるのと同様に、百済王家と天皇家は別の家である。百済王家は朝鮮半島に4世紀半ばから660年まであった百済の王の家。天皇家は4世紀半ば過ぎ頃から日本にあった家。だから、全然別の家だ。

 だが、桓武天皇を初代とする今の天皇家は、百済王家を兼ねてしまっている。桓武以降の歴代の天皇曰く「私の家は天皇家でもあり、百済王家でもある」という状態だ。

 もし本当の日本の天皇家ならば、「私の家は天皇家でもあり、百済王家でもある」という意味不明のことは、言わないだろう。また、浅田真央も「浅田真央とキム・ユナは同一人物よ」などという意味不明のことは、決して言わないであろう。日本人はそんな変なことは言うはずがないからである。

 ここに、カーテンがあって、カーテンの向こうにいる、うら若き女性の横顔のシルエットが映っているとする。カーテンの向こうのシルエットの女性が「私は浅田真央でもあり、私はキム・ユナでもあるのよ。アイゴー…」と言っているとする。

 それでは、この女性は誰だろうか? 浅田真央なのであろうか、それともキム・ユナなのであろうか?

 正解は、キム・ユナである。なぜならば、ユナと真央は別人なので、別人を同一人物などという変な主張は、日本人ならば決してしないからである。

 では、このケースはどうか。

 DNA鑑定を極端に恐れているという噂のある家がある。その家の人々は「私の家は天皇家であり、百済王家でもある。私は、百済王家の血を引いている」と言っている。そして感極まった時に、うっかりアイゴー(哀号)と朝鮮語で泣いた先祖の記録が、しっかりとある。それでは、この家は、日本の本当の天皇家であろうか、それとも百済王家なのであろうか?

 正解は、「日本の天皇家の仮面を被った百済王家」である。なぜならば、もし日本の本当の天皇家ならば、自分の家とは別の家を、自分の家と同じ家だなんて、変な主張は、決してしないからである。

 そんな意味不明の変な主張をするのは、朝鮮民族特有の性質なのであろうか。

 百済王家が天皇家で、天皇家が百済王家だなんてことは、決してあるはずがない。百済王族が日本の天皇家を滅ぼして乗っ取り、日本の天皇家の仮面を被っているのである。更に、平成時代に入ってからは、自らの朝鮮民族の血筋だけでなく、天皇制支持率まで21年間も隠蔽し、日本人の主権を侵し、憲法違反をして、図々しく天皇制を続けているのである。

 これは、民主主義にとって脅威である。問題とすべき現状である。

 この百済王族の脅威に注意せよと、神様から日本人全体に出された警報が、この度の五輪EX放送の時、ずっと続いた大津波警報であり、真央のSPとFSに込められたメッセージなのである。

 真央は自らの伝えたいメッセージをSPとFSに込めて演じたが、同時に、コーチのタラソワのメッセージ、及び、神様のメッセージをも、多重的に伝えていると私は考える。

 日本のみんな、神様からの本気の警鐘を、しっかりと聞こう。しっかりと見よう。そしてその意図をしっかり汲み取ろう。

|

■中間まとめ編■

|

2008年10月に名古屋大学理学部関係者が3人もノーベル賞を受賞したことは、神様によるお計らいであり、人目を引く「狼煙玉(のろしだま)」の役目を担っているのではないだろうか?

 ノーベル賞は、1949年に湯川秀樹氏が日本人として初めて受賞してから、2010年3月現在までの間に、日本人で受賞した人は15人、日本生まれでアメリカ人になった人を入れれば16人いる。

 2008年は、日本人3人と日本生まれでアメリカ人になった人1名が受賞した凄い年だった。

 日本人3人の方は、名古屋大学理学部出身者2名(小林誠氏、益川敏英氏)と名古屋大学理学部博士課程で研究生として学び、博士号をもらった人1名(下村脩氏)だった。

 たまたま私も名古屋大学理学部出身なので、その関係者が3人もいっぺんに受賞したことに目を丸くした。名古屋大学理学部関係者といえば、2001年に名古屋大学の先生だった野依良治氏が受賞した時には、受賞記念の展示会みたいなのがやっていたので、見に行ったことがある。

 実は私は、2008年10月に名古屋大学理学部関係者が3人もノーベル賞を受賞したことは、神様によるお計らいであり、人目を引く「狼煙玉(のろしだま)」の役目を担っているのではないだろうか、と考えている。

 なぜならば、藤原氏と天皇家が百済王族であることを述べた第一弾のブログ「日本人総清和源氏化計画」を私がネット上に書いて公表したのが、その約1年後の、2009年10月3日あたりであり、2009年のノーベル賞発表の直前であったからである。

 ということは、どういうことか?

=================================================

 あっ、「日本人総清和源氏化計画」なんてブログ書いている人がいる。なんだか変な人だな。怪しいなあ。

→そういえば、もうそろそろノーベル賞受賞者の発表だ。去年、名古屋大学理学部関係者が3人もノーベル賞を受賞したけど、その名古屋大学理学部出身が書いたブログだったのか。だったら一応、読もうか。

=================================================

 と、人々に思わせるための、神様によるお計らいなのではないだろうか。

 これは偶然とは考えられないだろう。

 第一に、同一国民の同一大学の同一学部関係者の3人が同時に受賞することは、世界的に見ても、それほど頻繁に起きることではない。

 第二に、それが起きたのが、よりによって、私の出身学部である。

 第三に、上に書いたように、私がブログ「日本人総清和源氏化計画」をネット上に公表したのが奇しくも3人同時受賞の1年後で、その年の受賞者発表の直前である。「私も去年の3人の同一学部出身なんですよ」とさり気なく話題をふりながら、人の注目を集める点で、非常にタイミングが良かった。

 この三つの偶然が重なったのである。この偶然は、神様によるお計らいだと考えられるだろう。

 特に、この3人、小林誠氏、益川敏英氏、下村脩氏のうち、下村脩氏は年代が他の2人よりも上の方であり、戦争体験者で、16歳の時、長崎で被爆しておられることが印象的だ。平成になって、天皇に戦争責任があると言った長崎市長が狙撃された事件が2回も起きており(1990年1月18日、2007年4月17日)、2回目は命を落とされている。この事件は日本人の心を痛めつけ、すっかりおびえさせてしまった。もう誰も天皇制の批判ができなくなった。殺されるからだ。このことから、日本人の仮面を被った、百済王族藤原氏のやっている百済王族天皇制の恐ろしさがうかがえる。その長崎市長狙撃事件の、その同じ長崎で、被爆された方が後に名古屋大学へ来て学び、後にノーベル賞を受賞されるとは、感無量だ。平和を望む、神のお気持ちが伝わってくる。

 神様のためにも、全日本人のためにも、日本人に対する人種差別の心を持った、百済王族藤原氏が自分達の欲望のために、憲法違反をして、天皇制支持率を隠蔽してやっている、百済王族天皇制を廃止しなければならない、と強く思う。

 百済王族藤原氏は、日本の本当の天皇家を滅ぼして乗っ取ったのみならず、百済王族弟分の天皇家の人達のうち、自分達の言うなりになる人達は贔屓し、皇太子一家など、自分達にとって気に入らない人達は、いじめまくり、週刊誌やテレビを使って叩きまくる。日本国民へは、藤原を正義とする真っ赤な嘘の日本史を押し付け、日本の古い墓の調査は、自分達と今の天皇家が百済王族の血筋であることがばれることを恐れて禁止する。藤原氏にとって都合の悪いことを言う日本人が、狙撃事件、放火事件、謎の急死など、恐ろしい目にあうのを見ながら、自分達はそれらの恐ろしい事件とは一切関係がない、という顔をして、調査もされることなく、ただただ、黙って沈黙を守るのである。

 この恐ろしい百済王族藤原氏の脅威に対して、神様は名古屋から、名古屋大学理学部関係者が3人もノーベル賞を受賞する、という人目を引く「狼煙玉(のろしだま)」を2008年にポーンと打ち上げた。

 そして引き続き、私を通じて、2009年、彼ら百済王族の正体を暴く主張のブログ「日本人総清和源氏化計画」とその続編であるこのブログ「成長するため、正しい地図を手にしよう」を、同じ名古屋の地から、ポーンと打ち上げたのである。

 そして神様は、藤原氏と天皇家の顔を表す雛人形が、目が細くて釣り上がった朝鮮人そのものの顔であることを、全日本人に気付かせるため、2010年、『五輪フィギュアスケート <名古屋出身の浅田真央> 対 <お雛様顔の韓国人キム・ユナ> のライバル対決』と、そのEX時の『大津波警報』との、コンビネーション警報という形で、ドドーンと我々全日本人に伝えてきたのである。

 「日本人総清和源氏化計画」のネット上への公表がタイミングよくノーベル賞受賞者発表の直前(10月)であり、その続編の「成長するため、正しい地図を手にしよう」のネット上への公表が、タイミングよく五輪の直前(2月)であったことは、私からしたら、決して、狙ってやったことではない。これくらいには完成するだろうという、書き上げる予定よりも、遅れながら、遅れながら、偶然出来上がったのが、そのタイミングだったのだ。

 これは、まさに、神様が、そのタイミングになるようにしたのだと考えられる。

|

キム・ユナ、浅田真央に続き、藤原氏と今の天皇家の家系図が真っ赤な嘘であることを日本国民に気付かせるために現れた、第三のキーパーソン! 織田信成!

 2010年世界フィギュアスケート選手権は、2010年3月22日から28日にかけて、イタリア・トリノのパラベラで行われた。1896年に第1回大会が開催されて以来、丁度、100回目の世界選手権でもある。この大会で、日本は男子は高橋大輔が金メダル、女子は浅田真央が金メダルという快挙を成し遂げた。ちなみに世界ジュニアフィギュアスケート選手権の方も、男子は羽生結弦が、女子は村上佳菜子が金メダルを取っている。男女共に金メダルを取るなんて、こんなに嬉しいことはない。とても嬉しい。

 しかし、この度の世界選手権での注目点はそこではない。この選手権のSPで、日本人では高橋に次ぐ実力者と言われていた織田信成が、3回のジャンプが全てすっぽ抜けてシングルジャンプになってしまうという、信じられないミスを犯した。そのため織田はSP28位となり、FSに進出さえ、できなかったのだ。織田本来の実力からしたら、とてもありえないことだ。何が理由でこうなったのかは、分からない。

 その他としては、鈴木明子がSPで失敗をして、20位に沈んでしまい、総合では11位に終わってしまったことが挙げられる。しかし、鈴木は当初補欠だったのに、今年2月限りで引退した中野友加里選手が辞退をしたため、急遽出場することになったのだ。出場予定じゃなかったのに、急に出場することになって準備をすることは難しいので、その影響と思われる。

 結局、織田がSPで3回のジャンプを失敗した理由は分からないままである。しかし、一つだけピーンときたことがある。

 それは、織田信成が、キム・ユナ、浅田真央に続き、藤原氏と今の天皇家の家系図が真っ赤な嘘であることを日本国民に気付かせるために現れた、第三のキーパーソンであることだ。

 私は、織田の3回のジャンプが全部シングルになってしまったことから、

SPの3回のジャンプはいずれも3回転ジャンプとそのコンビネーションのはずだったのに、3回とも1回転ジャンプになってしまうとは! 『3回転のはずが3回とも1回転に!』 『3と3』。『3と3』…。あれっ? ひょっとして、織田も『3と3』のキーパーソンなのではないか?」

 と、遅まきながら気が付いたわけである!

 「名古屋三英傑の筆頭・織田信長の子孫・織田信成」ということで、我々日本国民の前に登場してきた、トップクラスの力を持つ、フィギュアスケーターの彼である。しかし、彼の指し示した家系図は、捏造したものではないか、という意見がある。私はそんな意見があることを去年知り、かなりがっかりした。

 仮に彼の家系図が捏造であったとすると、彼はまさに「名古屋」「3」「家系図捏造」という3つのキーワードを持って、我々の目の前に登場したことになるのだ。

 彼は、自らに対して、家系図捏造疑惑の意見があることを、知っているのだろうか?  もし彼が家系図を本当のものだと信じていて、織田信長の子孫であるとみんなに公表した後に、実は捏造だったと知ったのなら、かなりがっかりしたであろう。本当はどうなのだろう? 捏造か本物か、もし捏造だったとしたら、彼がそれを知っていたかどうか、今知っているかどうか。しかし、今のところ、何も分からない。

 我々は浅田真央とキム・ユナのライバル対決が、神様からの強烈なメッセージであることを、ついこの前、知ったばかりである。しかし、織田信成もまた、神様からの強烈なメッセージを運んできたメッセンジャーだったのだ!

 考えてもみよ。フィギュアスケートのトップ・クラスの選手として、名古屋三英傑の子孫を称し、名前がモロにそれを表すような人物が我々の目の前に現れることなんて、たとえ偶然としても、滅多に起こるわけがない!

 これは、神様が特別に考えて、取り計らったことだとしか思えない。

 織田信長の子孫を称する織田信成を見れば、誰もが「名古屋」「3」を思い浮かべる。そして、織田信成の家系図捏造疑惑説により、「家系図捏造」も思い浮かべる。

 私は去年、織田の家系図に捏造疑惑の意見があることを知った時に思った、「徳川氏は偽清和源氏。今の天皇家は初代天皇家とは別の血筋で百済王族天皇家。もしも織田信成の家系図も捏造ならば、百済王族天皇家と同じではないか。しかし、百済王族天皇家とは違い、織田信長の子孫であることを理由として、トップクラスのフィギュア選手になったわけではない、あくまでフィギュアの実力でなったわけだから、仮に罪だとしても、ほんの微罪だろう。戦国時代に実力で天下を取って、清和源氏になりすました徳川氏と同じだ。しかし、織田信成の近い先祖も、徳川家康も、そんなつまらない捏造なんかしなければいいのに…」と。

 しかし、その時には、まさか彼の存在が、神様からのメッセンジャー以外の何者でもないとは、気が付かなかった。

 私は上の方で、「■私は単なるこじつけの天才か、それとも人類を神に近づけるべく成長させる道標か?」を書いた。もし仮に私がこじつけの天才ならば、「浅田真央とキム・ユナのライバル対決が神からの強烈なメッセージであること」と、「2008年10月に名古屋大学理学部関係者が3人もノーベル賞を受賞したことは、神様によるお計らいであること」と同様に、織田信成もまた、神からのメッセンジャーであると、強く主張したであろう。しかしながら、私はそんなことには、全く気が付かなかった。織田信成がこのたび3回ジャンプをすっぽ抜けるまでは!

 ということは、どういうことか?

 私が、こじつけの天才か、神からのメッセージを人類に伝える役目を持つ者か、どちらかであることは間違いないが、先に述べたことから、私が「こじつけの天才」からは程遠いことが証明された、ということだ。

 ということは、この一件から、私が神からのメッセージを人類に伝える役目を持つ者であることが、間違いないことが証明された、と言えるだろう。

 しかし気になることがる。もし、織田信成の家系図が捏造ならば、我々日本国民の心の中に、織田信成に対して、モヤモヤしたものがどうしても残ってしまう。一体どうすればよいのだろう?

 そこで、いい提案がある。

 織田信成は、自分の血筋について、全部あっさりと正直に告白するのだ。そして、織田信成も織田の家系図捏造を非難する人達も、みんな仲良く清和源氏心実流になって、過去のことは水に流せばよい。血筋の流れなんてどうでもいい。心が大事、ということで。

 「血筋を誇る、血筋に感心する、そんな私達は馬鹿だった。これからは血筋なんかはどうでもよく、心が大事、実力が大事」ということで、みんな仲良く清和源氏心実流になって、手を取り合えばよい。

 そして、また、百済王族弟の天皇家と百済王族兄の藤原氏には、本当の血筋―百済王族の血筋―を正直に話してもらって、一般国民に戻ってもらうといい。

 それが最もよい解決方法であろう。

 日本人らしい心を持った日本人ならば、過去のことは水に流すことは得意なはずだ。

 織田信成の家系図が捏造だったとすれば、そのことに日本国民が気付くことは、藤原氏と今の天皇家の本当の血筋に気付くための、予行練習となるだろう。

 そして、今後、過去の家系図の捏造のことに対するわだかまりを、日本人らしくあっさりと水に流す予行練習にもなるだろう。家系図を捏造している日本人は徳川氏、北条氏、その他色々いっぱいいた。どんどん正直に言って、水に流せばよい。正直で過去のことを水に流すことが得意な、日本人らしい日本人になら、難なくできるだろう。

 藤原氏と天皇家が本当の血筋を告白せず、あくまでシラを切り通すのならば、「嘘も百回言えば本当になる」という虚偽を信念として日本に目をつけ、日本にしつこく取り付いた百済王族であるという彼らの本当の正体が、日本国民にどんどんばれていくだけだろう。

|

■締めくくり編■

|

藤原氏による皇族暗殺と一般国民暗殺を許すな!

 藤原氏にとって気に入らない皇族や、藤原氏にとって都合の悪いことを言った一般国民のうち、急死した者は、一体何人いるのだろう?

 つい最近(明治直前)起きた、藤原氏による皇族暗殺についてのことを述べた『増補版・裏切られた三人の天皇』を書いた鹿島曻はなぜ急死したのか。

|

藤原氏は、自分にとって気に入らない、自分にとって都合の悪い皇族や一般国民を、叩いたり、いじめたり、迫害したり、言論弾圧したり、脅迫したり、暗殺したりすることをやめろ!

 今まで藤原氏がやってきた犯罪を全部洗い出す時がやってきた。

 藤原氏による孝明天皇の暗殺疑惑と証拠隠蔽工作を調査せよ。

 藤原氏と今の天皇家の血筋を調査せよ。ごまかしだらけだ。嘘まみれだ。

 その嘘・ごまかしを放置しておくと、藤原氏による皇族暗殺が止まらない。

 藤原氏による皇族暗殺は、千年以上も続いてきた邪悪な伝統だ。

 藤原氏が、天皇家や日本土着民を暗殺し放題の時代は、もうおしまいだ。

|

藤原氏がマスコミに強い圧力をかけて天皇制支持率を隠蔽させている行為に終止符を打て

 マスコミに圧力をかけているのは藤原氏だが、それにより天皇制支持率隠蔽がなされてしまうのは、政治家達の怠慢だ。天皇制支持率は法律により定期的に「全国民(第1条曰く『国民の総意』)」に問わなければならないし、50%を切ったら廃止することも法律に盛り込まなければならない。

 自己終了装置付き(第1条終了=天皇制終了)の憲法第1条を発動させよ。

 憲法第1条を守ることは、法律により定期的に支持率を公表する、50%を切った時点で天皇制終了、役割を終えた第1条廃止、という流れを発動させる、ということだ。

 消滅すべき運命の第1条が、いまだに存在していることは、おかしいことだ。

|

自らの百済王族の血筋を誇る藤原氏による、日本土着民への人種差別を許すな! 朝鮮半島の百済国からやってきた百済王族藤原氏による日本の歴史の捏造をまかり通らすな。それを許す政治家は、さっさと一人残らずやめろ!

 無党派層が増えるはずだ。今までの政治家達は、藤原氏による血筋と歴史の捏造を日本史の教科書に「本当の歴史」として記載させ、国民に教え込ませ、それらの嘘を真実だと国民に信じさせるために、積極的あるいは消極的に協力してきた、信用のできない人、あるいは、悪を見て見ぬ振りする、頼りない人達なのだから。

 藤原氏による、巨悪を暴き出すことのできる人しか、政治家になるな。

 藤原氏の子分しかできない腰巾着は、さっさと政治家やめろ。

 今のままでは、政治家は、藤原氏を雇い主として仕えているヘタレサラリーマンにしか過ぎない。自らも暗殺されるかも知れないから、ヘタレなのだろう。

 しかし、その暗殺を止めることができるのは、唯一政治家だけなのに。。。

 これは、政治家が愚かで、勇気と信念が欠落しているためであろう。

 「神を信じず、天皇家を支配し天皇家の上に君臨する藤原氏」に同調し、媚びへつらって、彼らと一緒になって国民を騙せば安泰、と考える、信念なき、理想なき、無神論者の政治家は、神の前に立ち、自らを恥じろ。

 そして、さっさとやめろ。

|

■補足編■

|

その後にも、幾つかの出来事がタイミングよく起こった。これもまた神様のお計らいだろう

 私は上の「■キム・ユナ、浅田真央に続き、藤原氏と今の天皇家の家系図が真っ赤な嘘であることを日本国民に気付かせるために現れた、第三のキーパーソン! 織田信成!」を2010年4月12日に書いて、自分の所属する、フォトリーディング集中講座受講者から成るメーリングリストに流した。

 そうしたら、4月14日に、織田信成選手が結婚するというニュースが流れて、びっくりした。このことは4月13日に明らかになったそうだ。お相手の女性は妊娠4カ月の情報もあるとのことだった。

 私はそんなこと、もちろん全く知らずに、織田選手の結婚のニュースの流れる直前に、上記の記事を書いて公表したのだ。これは偶然だろうか。いや、偶然ではないだろう。このタイミングは、神様が狙ってやったものとしか思えない。神様はすごすぎる。

 上の「■2008年10月に名古屋大学理学部関係者が3人もノーベル賞を受賞したことは、神様によるお計らいであり、人目を引く「狼煙玉(のろしだま)」の役目を担っているのではないだろうか?」でも述べた通り、神様がそれらの色々な出来事を、丁度そのタイミングになるように見計らってやっているのだ、と考えられる。

 それだけではない。その後も、ものすごいタイミングの出来事が起こっている。

 私はいくつかフォトリーディング集中講座受講者の入るメーリングリストに名を連ねている。通常は、集中講座のその回の受講者だけで一つのメーリングリストを構成しているが、そのうちの一つに、担当講師の歴代受講者合計700名以上が参加しているメーリンググループがあった。しかし、その巨大なメーリンググループは、私の考えが気に入らないという、数名(藤原関係者?)からの要請を受け、管理者が私をメーリングリストからいきなり無断で除名してしまった。メールが急に投稿できなくなったので、訊いたら、そのように説明していたのだ。藤原関係者が私の存在に目をつけたのかも知れない。これは、4月末頃、今よりほんの何日か前の出来事である。

 藤原氏からの直接的な言論弾圧を受け、このままではいけない、日本国民が、天皇制を続けさせようとしている藤原氏によって、まるで北朝鮮の国民の如く見張られ、管理され、思想弾圧や言論弾圧をされているこの現状を、政治家にも伝えなければならない、何とかしなければならないと、私は強い危機感を感じ、私はこのブログに、このすぐ上の4つの記事、「藤原氏による皇族暗殺と一般国民暗殺を許すな!」から「自らの百済王族の血筋を…やめろ!」までを書いた。

 そして、民主党本部「国民の声」係へ、タイトルを「憲法第1条に命を吹き込むことについて」として、メールを送った。内容の主旨は、簡単に言うと、上の「藤原氏がマスコミに強い圧力をかけて天皇制支持率を隠蔽させている行為に終止符を打て」をもっと膨らませたものだ。それに加えて、藤原氏と天皇家の本当の血筋のことについてだ。

 そのメールは、昨日、2010年5月2日の晩に送った。だが、私は送った後で、ハタと気が付いた! 翌日の5月3日(つまり今日)がタイミングよく、「憲法記念日」であることを!

 「憲法第1条に命を吹き込むことについて」というタイトルの意見を、よりによって、憲法記念日の前日に送るなんて、信じられないほどタイミングがよい!

 これは偶然だろうか。いや、偶然ではない。神様がそうなるようにお計らいになったとしか思えない!

 そもそも私が「宮内庁と関係の深い自民党」以外の政党である、民主党の「国民の声」係へ意見メールを出そうと思い立ったのは、巨大なメーリンググループから、藤原系と思われる人々の言論弾圧の圧力のために、除名されたからだ。私が自ら、憲法記念日の丁度前日になるようにタイミングを見計らって、憲法記念日にぴったりの内容のメールを出そうとしたわけではない。

 なぜ、彼らはよりによって、「憲法記念日」直前を狙ったかの如く、このタイミングで、メーリンググループ管理者に要請して、私を除名させたのか? まるで、神様のお計らいとしか思えない。

 考えてもみよ。「二人の兄弟王子を中心とする亡命・百済王族達数千人のその後」でも述べた通り、百済王朝初代の桓武天皇、2代目の平城天皇、今上天皇の三天皇は、「アイゴー」発言や「ゆかり」発言によって、自らが朝鮮民族であることを、なぜかうっかり自白してしまっている。この「朝鮮人自白三天皇」とも言えるべき三天皇による自らの血筋を自白する発言も、神様によるお計らいだと考えられる。それと同じだ。

 天皇家や藤原氏など百済王族達自らが、自分達が本当は朝鮮民族であることが広く世に知られるように、神様のお計らいによって、うっかり、或いは、知らず知らずのうちに、行動してしまっているのだ!

 神様はすごい。

|

嘘の建国記念日を祝っているのは、世界の中で、朝鮮民族の韓国と、本当は朝鮮民族である天皇を象徴にしている日本しかない

 藤原氏と天皇家が作り上げた捏造話により、紀元前660年2月11日を第1代神武天皇が即位した日として、日本の建国記念日としていることは有名である。嘘の建国記念日を祝うような、そんなヘンテコリンな国は果たして他にあるのだろうか。実はある。韓国だ。嘘の建国記念日を祝う変な国は、世界広しと言えども、韓国と日本だけなのである! 建国記念日を参照せよ。

 紀元前660年の日本の建国記念日は、百済王族藤原氏と百済王族天皇家の祖国のあった朝鮮半島の韓国が、紀元前2333年10月3日を「開天節」と呼んで、建国記念日としているのと、瓜二つである。嘘の建国記念日を祝うメンタリティは、他の民族には見られない、朝鮮民族特有の性質である。

 このことからも分かるように、明らかに藤原氏と今の天皇家は、朝鮮民族である。清和源氏である私は、朝鮮民族の藤原氏や今の天皇家とは違い、れっきとした日本人なので、嘘の建国記念日なんか、いらない。朝鮮民族の百済王族天皇制もいらない。「朝鮮民族の百済王族天皇制」と、「嘘の建国記念日」は、表裏一体の関係である。一方が廃止になれば、他方も廃止になる。藤原氏と今の天皇家の祖国の百済が滅亡したのが660年で、嘘の建国記念日が紀元前660年であることも、数字が同じであり、藤原氏と今の天皇家の本当の血筋が百済王族であることを、あたかも暗示しているかのようである。

|

この続きは、左上のリンク集の「清和源氏心実流 旗挙げ!」へ

|

左上のリンク集に「東日本大震災 東京電力福島第一原発事故情報」あり

|

«この続きは、左上のリンク集の「清和源氏心実流 旗挙げ!」へ